「ポルノグラフィックな関係」

  Une Liaison Pornographique

 (2000/10/23)


誰と行くか?と、どこへ行くか?の違い

 もう大昔になるのかな? 会社の同僚の女デザイナーと飲む機会があった。僕と同い歳だから、その当時でも決して若くない。実はバツイチで子持ち。この子供ももうかなり大きくなっているんだね。彼女と会社の営業マンの5歳下の男が深い仲ってのは社内では公然。この年下男もいわゆるカッコいい男ではなかったが面倒見がよく、彼女の子供までなついて海に行ったり遊園地に行ったりやっていた。で、そんなバカンスがらみの話。

 女デザイナーいわく、今度の夏の旅行先のことでこの年下男と口論になったと言うのだ。いわく「彼ったらどこへ行きたいって言わないの」

 君の行きたい所ならどこでもいいという彼の言い分が気に食わなかったらしく、かなり手厳しくやったらしい。何の意見もないボケとかカスとか無能とか…そしてバカとか。 「じゃあ、あんたは何て言って欲しかったんだい?」

 彼女は彼にはどこに行きたいとキッパリ言って欲しかったと言うのだ。でも、それはちょっとどうだろう?

 「彼は本当にどこでも良かったんじゃないの?」

 そう。彼はきっとどこでも良かったんだ。彼女と一緒なら。どこへ行くかなんて問題じゃなかったんじゃないか?

 彼女はそんな事初めて気付いたという、面喰らった表情だった。男ってそういう場合、自分の好きな女と一緒であることが大前提だなんて夢にも思わなかったんだね(もちろん男にも例外はいくらでもある。それに行きたくないって場所もあるだろうしね)。じゃあ、あんたはどこに行きたかったんだ?

 「あたしは××に行きたいの。そこじゃなくちゃダメね

 おいおい、じゃあ彼が別の場所に行きたいと「キッパリ」言ってたら、あんたどうするつもりだったんだよ?

 「そんなもん却下よ却下! アッハッハ!」

 彼女いわく、誰と行くか…よりもどこに行くか…のほうが重要だというんだね。その晩の酒は飲んでてえらくまずかったし、僕はこの女の前から早くオサラバしたかった。

 ほどなくこの二人は別れて、彼女はもっと年下の若い男とつるんだ。

 

 それから何年かして、女のこととか面倒な事は一切考えたくないと思っていたはずの僕が、突然女に夢中になった。なぜかって? その時は、彼女は他の女たちとちょっと違ってるように思えたから。

 今まで出会った女たちと来たら、こっちがどうしたいと言わないと怒るくせに、思った通りにするとその選択にケチをつける、文句を言う。だからだんだん決めるのがイヤになってくる。そんな時に限って間の悪いことも起きる。

 でも、この彼女はくだらない事で俺を非難したりバカ呼ばわりはしまい。今までの他の女たちと違って「ごめんなさい」という単語も知っている。この宇宙でやっと見つけた知的生命体だ(笑)。

 ところがめでたく彼女と付き合い始め、楽しい日々が流れたある日、突然彼女がダンマリを決め込んだのだった。その直前にはかつて知ったるあの忌まわしい言葉。

 「あなたは、どうして自分がどうしたいか言わないの?」

 それは、彼女が初めてハッキリと僕にぶつけた怒りだった。「失望した」と言うなり、彼女はもう僕の顔など見ずにテレビばっかり見ている。

 実際、俺は何を食おうがどこに行こうが、どうでも良かったんだよ。とにかく彼女と会いたいというのが大前提で、あとはどうでもいいんだ。第一「まんま」の俺でいいんじゃなかったのかよ、まったく面倒くせえなぁ…。

 今度はソッポ向いたままの彼女に業を煮やした僕が、怒りを噛み殺して洗面所に立つ番だった。昔から、イラだった時には冷たい水で顔を洗いすみやかに頭を冷やすのだ。顔からしずくをポタポタたらしながら、鏡を見つめてため息をついた。

 結局あいつも他のくだらない女たちと同じなのか?…全く分かってないんだな

 やっぱり男と女の間には、何千マイルじゃきかないくらいの長〜い距離があるんだろうか?

 

割り切った大人のクールな関係のつもりが…

 精神分析医の診察でも受けてるかのように、室内で質問されている男女(男はセルジ・ロペス、女はナタリー・バイ)。二人とも一緒ではなく別々に質問されているようだが、言っている内容はどうやら両方とも同じ話題についてのようだ。それは、お互い全くの匿名で、セックスだけを目的に付き合った男女のお話なのである。

 元々はそれは女のアクションから始まった。前々から純粋にセックスだけを楽しむ関係を持ちたいと思っていた彼女が、不特定多数の男たちに向けて呼びかけた。だがここで注意して聞いていくと、ちょっと面白いことに気付くんだね。

 ここで男は、ビニールに包まれた安雑誌を持ち出してくる。ありゃ?昔ずいぶんお世話になった懐かしのビニ本かと思いきや(笑)、女からの「セックス相手求む」の広告がこの雑誌に載っていたというのだ。彼にとってその関係は特別な意味のある関係だった。だから、ちょっとセンチな思いを込めて、大切にビニールに包んで保存しているのだ。いかにもケバケバしい俗悪雑誌のように見えるだけに、余計に切なく甘酸っぱい思いが広がる。これは男としてその気持ちよ〜く分かるよねぇ。

 しかし女は電子メールで男を見つけたと言う。その文面も忘れたと素っ気ない。そこには何の感傷もない。いざとなるとカッコつけて自分のみじめだったり弱かったりダサかったりする部分を見せまいとする、いかにも女が言いそうな白々しいウソ

 別にどうってことない事から、すでにズレが生まれているんだね。そしてこれが終始、彼らの関係に…言い替えれば男女の間柄に、付きまとって離れないわけ。

 二人はパリの街並みを眺められる、カフェの窓際の席で待ち合わせた。

女「最初は彼って魅力的じゃなかったわ。でも笑った時の顔が…」

男「僕は最初っから気に入った。彼女が写真を送ってきたんだ」

女「写真のやりとりはしなかったの。私は欠点も正直に手紙に書いたから…」

 ほらほら、どんどんズレていく。先に席で待っていた女。後からやってきた男。ギコチない挨拶。

「ホテルを予約したわ」…さぁ行く?と今にも立ち上がらんばかりの女。

 ところが男は大ボケこいて店員に「じゃコニャックください」(笑)。…あるある、俺もこれと同じような事しょっちゅうあるよ。男だって女以上に早くホテルに行ってやりたくなってるはず。でも、それじゃあ女があんまりムードがないと嘆きそうなんで、「コニャックを」なんて気をきかせて言ったつもりが、女はバカじゃないの?とイラだつ。そりゃないよな。女ってどうして男が自分の気持ちを分かってないとさんざ責めるくせに、自分も相手の気持ちがまるで分かってないと気付かないだろう? 感情は女だけが持っているものだとでも思っているのか?…それとも、実はそれと同じことを女も思っているのか? そうかもしれない。結局男も女も同じか。

 二人はホテルに行って、部屋に入り…。そこに例の質問の声がダブる。「結果はどうでした?」

男「よかったよ」

女「すっごくよかった」

男「少しがっかりもしたけど」

 この映画では、二人がホテルの部屋に入っていく場面が何度も何度も繰り返される。しかし、そのセックスの現場が映し出されるのはごくわずか。描写も抑えたものだ。大体は扉が閉じられた後、カメラは部屋の外に締め出されたままなのだ。行為を描くつもりがないということか。

 事が終わると二人はホテルから出て、次の約束をして街角で別れた。女は地下鉄で、男は車で家路に急ぐ。お互いの名前は知らないまま。

 二度目に二人が会った時も同じ。同じカフェ、同じホテル。だが、別れ際に男が予想外のことを言った。

「今晩、一緒に食事しないか」

 一緒に飯食ってみると、何せお互い体も知っている仲だから、とても気安くていい感じなんだよね。で、また興奮してきちゃう。「またホテルに行く?」

 帰り道、二人が腰をさすりながらイテテテ…なんて言って歩いているのは笑っちゃう。でも、実感あるよねぇ。俺も若くないからよく分かる(笑)。「もう歳だよ」なんて言い合いながら笑う二人は、何となくいい感じだ。

 で、別れる時に女がつい口走るんだね。

「あなたはいい人ね。でも、私が求めていたのは別のタイプ」

「僕らはセックスだけの関係のほうがよかった?」

「いいえ」

 そう、どんなに割り切ってドライに考えようとしても、カッコつけてイキがってみても、人間には感情ってものがある。誰かの暖かさを感じ、自分も優しくしたいと思う、人間本来の感情は絶対なくすことなんて出来ないんだよ。

 

 

 

 

 

 

ここから先は映画を見てからネ。

 

 

 

 

 

 

 

大真面目にお利口に振る舞ったつもりが

 これは僕のごひいきナタリー・バイの最新主演作なんだよ。トリュフォー作品に出ていたころから大好きだったけど、昨年の「エステサロン ヴィーナス・ビューティ」といい、彼女の主演作が地味ながらもコンスタントにわが国に来るようになったことを素直に喜びたいね。

 実は監督のベルギー人フレデリック・フォンテーヌも、相手役のスペイン人セルジ・ロペスも、僕には全くなじみのない人。でも、この映画の内容は身につまされたよ。

 物語はこの後いろいろあるんだけど、二人が付き合いを続ければ続けるほど、当初めざした「セックスだけの関係」から程遠いものになっていくんだよね。女も男も自分の中に芽生えた新しい感情に戸惑ってしまう。でもある日、女が勇気をふるって「結婚したい」と愛の告白をするに至って、物語は一気に収束へと向かうんだよ。

 女に愛を告白された男は感激するんだよねぇ。俺だって本当にうれしかったもんね。いい歳したって、それだけは変わらないもんだよ。ちょっと世界が違った色で見える。

 次に会う時までに男はすっかり恋に落ちて、この運命の女に人生を賭けようとまで思う。女もどんな困難があろうとも戦って、二人で生きようと思った。それなのに…。

 また例のカフェで落ち合った二人。その時、何が起きたのか…。

男「一目見て僕には分かった。彼女は別れたがっている。でも言い出せないんだ。だから僕から切り出そう」

女「彼は二人はうまくいかないと言った。それを聞いて彼の心は手にとるように読めたわ。彼は終わりを望んでた」

男「お互いが誤解していたとは思えない。二人の決断は間違いじゃなかった」

この、どアホ〜!

 何が「僕には分かった」や「手に取るように読めた」や、このボケ!お互い考えてること全然分かってないやんけ。せっかくええ感じでいってたのに、何でそれをみすみすフイにせなならんのや、このアホンダラ!ホンマこの二人見てると頭くるわ。何とかうまくやってこうちゅ〜気ぃあるんかい。勝とうっちゅ〜意欲を一向に感じさせない阪神タイガースの野球みたいな二人やな、まったく(笑)。野村のオッサンどないなってるんや?

 …というわけで、お互い愛しあい憎からず思っていたはずなのに、運命のいたずらで別れることになってしまった二人。それも、どうしようもない歴史や社会や他人の力で引き裂かれたという訳ではない。お互いは大真面目でクールに大人に振る舞ったつもり。大いに賢い決断だったつもりで、傍から見たら大バカこいて愛を自滅させたのだ。

 でも、これが今時の我々なんだよね。自意識過剰で賢く振る舞おうといろいろ考える。そしてすぐに何かを察したつもりになる。だけど一番肝心の、本当はどうなのか…という問いかけが決定的に欠けているんだよね。勝手に自分で判断できると過信して、あるいは素朴に相手に問いかけることを恥じて、言わば一人相撲というか詰め将棋みたいなことをやってしまう。ちょっと利口ぶってカッコつけたいがために、自分の本当の気持ちさえ裏切ってしまうのだ。大阪じゃあこういうエエカッコしいは流行らんよ。東京もんもパリっ子もアホやなぁ(笑)。

 割り切った関係、クールな付き合い、大人の分別…そんなものが一体何になるんだ。時にはそんな「分かってる」人間じゃない、利口に振る舞う人間じゃない、何でも子供のように「なぜなぜ?」と問いかけるような奴になったほうがよっぽどマシなんじゃないだろうか。

 

 鏡を見つめていた僕は、ようやく冷静さを取り戻していた。よく考えてみれば俺もどうかしてた。情けない話だが、彼女の言うのにも残念ながら一理あるよな。分かってないのは俺だった。それに、彼女の言い分は受け入れる価値がある。怒りで自分の頭がほてっていたその時も、僕の目の前の彼女はとても美しかった。それに昨日の彼女はあんなに楽しい女だったじゃないか。

 季節はずれのあの蒸し暑い日に、僕は彼女の後ろ姿を抱きながら、そっと胸の中でつぶやいた。これでいいんだ。本当に価値があるものは何かを、僕は知っているのだから。

 

 

 

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