「キッド」

 (ブルース・ウィリス主演)

 Disney's The Kid

 (2000/10/09)


26年前の言葉のタイムカプセル

 「三十年後の夫馬さん、こんにちわ。あなたはきっとこの文章を読んでいることでしょう。あなたは僕自身なのだから。」

 これは今から26年前…1974年の中学卒業文集に書いた僕の作文の冒頭だ。他の同級生たちが将来の希望やら中学生生活の思い出をつづったコメントを寄せるなか、僕はちょっと面白いアイディアを思いついてこの文章を書いた。題して、「三十年後の僕自身に捧ぐ」。

 このアイディアの何がいちばん僕にとって面白く感じられたかと言えば、文章を通じて30年後の自分と交信できるという点だった。普通、タイムマシンでもなければ過去の自分との対話などできはしない(実はSF小説などでの決まりごとでも、過去と未来の本人どおしは出会ってはいけない事になっていることが多い)。当然、この文章が呼びかけている30年後の未来の自分にとっては、かつての自分に話しかけられていることになるのだ。これは書いていたその当時より、これを読むことになる30年後のほうが絶対に面白い。

 この文章を書いた時、僕の人生の前途はまだ何も分からない漠然としたものだった。不安もあったが、きっと今心配していることや悩んでいることはみんな解消し、とにかく何とかなるだろうと思っていた。きっと良いことがあるに違いない。…でも本当にそうだろうか?

 文章の中で、僕は未来の自分に対して、盛んにいろいろな事を心配している。友達とはうまくいってるのか? 仕事はどうか? 父親みたいに仕事一辺倒になって、家庭や友人を顧みない人間になってないか? 奥さんはどうか? 美人で優しいか?…エトセトラ、エトセトラ。

 未来の自分に対する呼びかけは、当時の自分なりに切実なものだったろう。まだそれから26年しか経ってはいないが、その問いかけに対する答えは、すでに出てしまっているものもあるね。

 まず、友人のこと。中学当時の友人とは、みな縁遠くなってしまった。文章では僕のエゴのせいでどうにかなるのでは…と心配していたが、実際には「歳月」という人間にはどうしようもない力が、みんなを隔ててしまったのだった。地位も関心事も生活水準も何もかも、すっかり違ってしまったからね。

 そして仕事。これがいちばん皮肉だ。父親のように仕事第一人間になるのならまだ良かった。いろいろな流転があったあげく、自分の望む仕事に就きながら思うにまかせず、ついこの前まで全く無気力な状態になってしまっていた。ヌケガラのように。

 ついでに嫁さんね。美人もやさしいもクソもヘッタクレもない。あとタイムリミットまで4年あるものの、現段階では誰とも結婚していない。正直言って、したいとも思っちゃいなかった…ウンザリしてたから。

 人間の夢や志なんてものは、26年もあればかくも見事にひん曲がってしまうものなのだ。これが現実だとか言いながら。だから、今回フト思いついてこれを読んでみたら、実にホロ苦かったよね。かくも俺は26年前の期待を、ものの見事に裏切る男になり下がってしまったのかと思うと。本当だ…なり下がってしまったと言うのがふさわしい。

 だって、それは他でもない。まだいろいろな事を前向きに考えていたはずの、夢もやる気もあった自分自身を裏切ったことになるんだから。

 

俺様は自分以外は信じねえぞ

 ロスでイメージ・コンサルタントのビジネスに多忙を極める男…ラスことブルース・ウィリスは、朝から晩まで万事夢も希望もなくせちがらい…よく言えば現実的なものの考え方をする男だ。買い物をすればレジ前に並んで、きちんと順番を待つのもしゃらくさい。旅先の飛行機内で、他人から話しかけられるのも迷惑だ。四六時中、携帯電話で秘書のリリー・トムリンに指示を飛ばし、徹底的に無駄を省く。そう!時は金なり。合理的にいこう。風情だとか余裕だとか気分だとか、そんな何だか分からないあいまいなモノは全部カット! そうそう、イメージ・コンサルタントって仕事はどんな職業かっていうと、いろんな社会的地位のある人間の対外的なイメージアップを図ってやる仕事なんだよ。要するにそういった実力ある人間たちが、実際優れた人間か高潔の人かなんてどうでもいい。所詮は全部イメージで俺みたいな奴がつくりあげたものなんだ。そう考えるほうが現実的だ。そう考えるほうが合理的とも言える。俺は目で見えるものしか信じない唯物論者だが、そういう意味では目で見えるものも信じないと言えるかな。もとい…俺は何も信じないぞ、自分以外はな。あとはカネか。所詮、世の中そんなもの。

 あいまいで無意味なものを有難がるなんざ、所詮負け犬のすることなんだよ。俺はごめんだ。俺はいつだって勝ち組にいるからな。見ろよこのクルマ、この豪華マンション。40を目の前にして大した成功ぶりだよな。

 そんな彼の周辺で何だか赤いセスナがブンブン飛んでいるように感じられるのは錯覚か? 一度など、ハイウェイで渋滞中の彼のクルマに突っ込んできたかと思った。あれは錯覚だったのか? ちょっと俺、仕事のしすぎかなぁ。

 オフィスに戻ると、会いたくもない奴が俺を訪ねてきた。親父だ。たまには遊びに来いだって? 確かに何年も何十年も俺は実家に帰ってない。だけどなぁ親父、俺はち〜っとも帰りたくなんてないんだよ。むしろ忘れたいんだ。あそこでの生活は捨てたんだよ、負け犬としての生活はな。とっとと帰ってくれ、忙しいんだ俺は。

 そんな彼は、今日も今日とて部下のエミリー・モーティマーを連れて、腹黒いクライアントを救うための田舎芝居を演出。しかし、仕事とは言え悪事の片棒かつぐウソと言えばウソに間違いなし。さすがに気が退けたモーティマーに文句を言われるが、そこは何とかかんとかうまいこと言って言い逃れる。

 このモーティマーという女、いかにも夢見る夢子さんってな風貌なのに、なぜかこのラス=ウィリスに上司として以上の何かを感じてるみたいなのだ。彼もそれは何か感じているようでもあるのだが、よせやい!女なんて愛なんて面倒くさい。そんなものにウツツをぬかすのはヒマ人だけ。とはいえ周囲でただ一人、何となく彼に人間らしく接しようとしている彼女に、実は彼も関心ないわけじゃないみたいだ。でも、恋愛とかいう非合理的であいまいなものには関わりたくないというのが、現在のところのラス=ウィリスの立場なんだね。だから「星がキレイ月がキレイ」なんてウットリする彼女を、三十女が何言ってやがる…などとオチョクって怒らせては、なだめすかしたりするという具合。でも、彼女はなぜか信じているんだよね。彼の中にはこうじゃない、本当の彼自身が埋もれているはずだって。

 そんなこんなで多忙な一日が終わってみると、あれっ? 絶対安全完璧を誇るセキュリティーシステムを完備しているはずの俺の家なのに、帰ってきたら何だかガキがウロチョロしてやがる。早速、警備会社にクレームだ。どなりつけてやる。何か最近身の回りで妙なことが起きてる感じ。変だ変だと思っているうち、今度はなぜか部屋の中に、赤い飛行機のオモチャが置いてあるじゃないか。しかも、ご丁寧に汚ったねえガキの字で「ラスティ」と書いてある。これは俺が昔住んでた家に、いまいましい数々の忘れたい思い出とともに捨ててきたガラクタじゃないの。「ラスティ」って俺のことだもん。

 そんなこんなしているうちに、ラス=ウィリスの家に現われるんだよ。本物のラスティ=スペンサー・ブレスリン…8歳の時の彼自身が。

 

嫁も犬も飛行機もない負け犬40歳(涙)

 とにかく現われるんだよ、彼が。なぜって聞かないで。理屈で言われたって困る。いつの間にか居間のテレビの前にポップコーン持って現われたんだよ。

 ラス=ウィリスは最初これが幻覚じゃないかと慌てふためくんだけど、どうも他の人にもこいつは見えてるらしい。さんざっぱら取り乱したあげく、ラス=ウィリスはこのラスティをシブシブ受け入れることになるわけ。それでもウィリスにはこのガキが目障りでしょうがない。それまでの秩序あるシャレたセンスのいい暮らしが乱される感じだからね。でも、それよりこのラスティを受け入れたくない理由がラスにはあるんだ。それは、彼を見ていると、否定して捨て去ろうと決心した自分が見えるから。思い出したくない、忘れようとした自分がそこにいるからなんだね。

 それはつまり、いじめられて泣いていたミジメな自分。

 そんなこんなから逃れたくってウィリスはこんな唯物論者、現実主義者になったのに、またコイツが現われて、しかも昔のドジをそのまま自分の前で再現する。これはやりきれないよな。ウィリスだって故なくしてこんなガサガサした乾燥男になったんじゃない。こうやったにはなったなりの理由があった訳なんだよ。

 ところが、このドジでちょっと肥満ぎみのおめでたいガキが、言ってくれるんだよな。

「あんたは嫁さんもいなくて犬も飼ってなくて、飛行機にも乗れないの? それじゃあ負け犬じゃないか!」…おう、クソガキ。俺はFっていう者だけどおまえの言う通りの男なんだよ。俺も負け犬で悪かったな(笑)。

 子供時代のミジメな自分から脱出しようと苦心さんたんした挙句の立派になった俺なのに、このガキャ〜それを負け犬だと〜?

 だけど、いちいちキレていても仕方がない。何でこんな事が起きたのか考えなきゃ。

 ウィリスが焦り狂っているうちにも、ガキは彼の回りをウロチョロ。ウィリスもイジメられっ子のラスティを、クライアントのプロボクサーに会わせてケンカ指南してもらったりする。そのうち、何となくこいつの存在がまんざらでもなくなっちゃうんだよな。

 そのうち部下のモーティマーにもバレちまう。ところがモーティマーがこのガキを妙に気に入っちまったのがまた気に食わない。しかも変に気をきかせやがって、俺との仲をとりもつようなワザを使いおってからに。余計なことを…でも内心嬉しかったりして。

 そのうちラスの40歳、そしてラスティには8歳の誕生日がやってくる。その時、ラス=ウィリスはハタと気づくんだな。

 この日、ラスティは3本しか足のない犬をいたぶるイジメっ子たちと対決して破れるんだよな。

 ここからラスティの運命は一転。イジメられ人生一直線。クラ〜くなっちゃうわけ。そうだ!これを勝っていれば人生好転するはずだ。

 早速、愛車ポルシェで昔の学校へ向かう。すると、途中のトンネルでポルシェは旧型に変身。時代は1970年代へと移っていた。

 さぁ、学校ではイジメっ子たちが、万を持してラスティを待ち構えていた。ラスティ=ラスの運命やいかに?

 

決定力不足な映画ではあるが…

 ラス少年はラスティ=ウィリスから自分の運命をある程度聞かされたので、これから何が起ころうとしてるのか知っている。このイジメっ子たちの待っているところに戻っていくことは覚悟がいるわけ。

 だから、イジメっ子たちから呼び出され、ラスティが一緒に歩いていくあたりのレールかドリーを使った長い移動ショットはズシリと重い。さながら「ワイルドバンチ」でウィリアム・ホールデンが「Why Not?」と一言いってから、全員で覚悟を決めて最後の戦いの場へと行進していく、あの有名な名シーンを連想させる感慨深い場面だ。本当、こういう時って長く時間が流れていくような緊張の瞬間なんだよね。イジメられっ子なら誰でも実感してる。だから「ワイルドバンチ」を引用したのは決して大げさじゃないよ。少なくとも俺の中ではね。

 この映画はジョン・タートルトーブの監督作品なんだよ。「クール・ランニング」には泣かされた。あれにはまいったよね。あの作品の後も「あなたが寝てる間に…」とか「フェノミナン」とか、好感度バツグンの作品を連発している監督だ。「フェノミナン」なんかクラプトンの主題歌が爆発的大ヒットしたけど、いちばん終盤のいちばんオイシイところで流れるんだもん。あれじゃあヒットする訳だよな。

 ただ、「クール・ランニング」には無条件降伏というか、全くノックアウトされてしまった僕も、その後の作品はいいことはいいけど何か決定的なパンチに欠けているという印象を持っていたんだよね。それはタートルトーブが「クール・ランニング」でスタジオに絶大な信用を勝ち取ってから、作品の全権を掌握して脚本まで決定権を持ってしまったからでは…と僕なんか考えてるわけ。つまり、いい脚本をいじらずに演出したら、この人もっと作品が良くなるのでは…ということなんだけど(笑)。本来何だか人も良さそうなタートルトーブだけど、人の良さというのはえてして鋭さとかパンチに欠けるということにつながるからねぇ…。

 だからこの「キッド」も、白状するとシマリがないというか、サッカー日本代表みたいに決定力不足なんだよね。終盤にある人物が現われる一応のヤマ場があることはあるけど、そこの盛り上がりも自分なんかイマイチだと思う。

 でも、おまえの人生成功だったのか?…という問いかけは実に痛いところ突いてくる。俺なんかが日頃考えたくないところをグサッとやってくる。金持ちになったということ以外は、僕とこの映画のラス=ブルース・ウィリスの人生には共通点が多い(しかし、金持ちになったこと以外はこの映画のウィリスと同じって、最低ってことだよな)。そういう個人的な意味でパンチがあるから、僕には感慨深い映画なんだよ。だから他の人が見てどうかは分からないな。正直言ってたぶんイマイチなんじゃない? 特に若い人にとってはどこがいいんだか分からないとなる可能性は大だね。

 ただねぇ…個人的なことを言えば、今はとにかく何だかんだ言ってまだゴールじゃないんだと思っているよ。僕もこりゃ自分の人生もうダメだなと思いかけた時期もあるが、今は捨てたもんじゃないかも…と思い始めてはいる。それもこれも、人間生きていればこそというものだね。生きていればこそのめぐり会いやら逆転チャンスもある。

 最後に、冒頭に書いた僕の中学卒業文集の作文のエンディングの一節を引用して、この感想文の締めとしよう。それが今回の僕の結論だ。そして、今から4年後の自分に対する僕のささやかな願いでもある。

「最後に、お父さんお母さんによろしく。それから三十年後まで生きててくださいね。お願いします。それではさようなら。」

 

*この作品「キッド」は、一見チャップリンのあの名作と原題まで一緒であるとの印象を与えますが、今作の原題は正式には「Disney's The Kid」となっているため、別題名とされているようです。蛇足ながら。

 

 

 

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