「パトリオット」

  The Patriot

 (2000/10/02)


君もにわかパトリオット(笑)?

 先日、僕の友人が転勤先から東京に戻ってきたので、その新居で友人たちみんなで集まったんだよ。それぞれ嫁さんや子供連れて(もちろん僕は一人だったけど)。でも、この日は嫁さんたちいわく「耳にタコの昔話」はあんまり出なかった。

 シドニー・オリンピック真っただ中だったんだよね。

 それも、決勝に進出した日本チームが、アメリカと対戦するサッカーの試合が夕方からあったわけ。もう、みんなそれを楽しみにして、旧友との再会なんてどうでもよくなっちゃってる感じなんだね。

 まず先制で1点ゲットしたあたりはまだよかった。アメリカがすかさず同点にしたあたりから、みんなだんだんヒートし始めてきた。そうなると、いやぁアメリカを口汚くののしることののしること。俺たちみんなイラク人じゃないかと思うくらい罵倒の嵐なの。もちろん俺も人のこと言えない。ボロクソ言いまくったよ。でも、いちばんひどかったのが嫁さん連中。いや〜女っていざとなると男の10倍はひどい事言うね(笑)。

 とにかく時代が60年ぐらい遡ったんじゃないかと思うくらいの発言が続出(笑)。鬼畜米英とか真珠湾をちゃんと叩いとくべきだったとか。かと思えば、広島・長崎を忘れるなとか沖縄の基地返せとか、もうムチャクチャ。あんた右翼なのか左翼なのかい(笑)? あげくの果てには、レジでつり銭も暗算で勘定できない奴ら…なんて暴言まで飛び出すしまつ。これ読んでる良識あるみなさんは僕らの神経疑うかもしれないが、一般的にこういう時の罵倒なんて大した意味はないんだよね。それに、他の皆様方だって大なり小なりこんなとこだろう(笑)。もちろん海の向こうだって。

 サッカーに限らずオリンピックっていうのは、大概の人々を興奮させて、にわかナショナリストにしちゃうパワーがあるんだよね。もちろん、オリンピックなんて興味ないよなんて人もいるけれど、俺は単なる烏合の衆。他の連中と同じく、バカみたいに日本チームを応援してた。でも、そうやって見ないと、あれ面白くないもんね。

 というか、オリンピックってたぶん代理戦争なんじゃないかね。代理世界大戦。僕らは今の世の中でナショナリズムむき出しにする事を、ある程度抑制されている。だけど、人間たるもの他者と競争したい、戦いたい、勝ちたいという欲望は抑え切れないはず。戦後のオリンピック運動っていうものは、こうした人類の負の本能にある種のハケ口を与えるためのものとして発展を遂げ、核兵器とともに戦争の抑止力として機能してきたんじゃないだろうか。

 だから、旗が上がらなければいけないし、国歌が流れなければいけない。あれがアナクロだと言う人はとうてい楽しめない。むしろ今の若い人たちはそういうナショナリズムと軽〜い付き合い方をして、顔に国旗をペインティングして楽しんだりしてる。この感覚は戦前の人や右翼にはついていけないとこだろうね。いいとか悪いとかではなくて、とにかくそういうものなんだ。

 そう! 戦争をそうは簡単に出来なくなった戦後の先進各国は、オリンピックで国民たちのフラストレーションをそらそうとしてきたんじゃないか? つまりガス抜きだよな。まぁ、サマランチも接待漬けでいろんな国でさんざナニか抜いてたみたいだけど(笑)。

 逆に考えればそんな時じゃないと旗とか歌に関わらないで済む我々って、幸せなのかもしれない。これらのシロモノがやたらまかり通る時ってロクな時代じゃないもんな。僕らはせいぜい4年に1回、にわかナショナリストになれれば満足なのかもね。いや、にわかパトリオット(愛国者)か…。

 

かつての勇士が抱える心の闇

 1776年、アメリカのサウス・カロライナ。アメリカを植民地としてその支配下に置こうとするイギリスが、あちこちで武力の圧力をかけてきていたキナくさい時代。もちろん、ここサウス・カロライナでも参戦か平和かとの論議が激しく行われていたが、イギリス軍はもうすぐそこまで来ていて一刻の猶予もない状況だった。

 妻の亡き後、男手一つで7人の子供たちを育ててきた農場の主人メル・ギブソンは、かつては戦士としての勇名を馳せた男だが、この切迫した事態にあえて深く関わろうとしなかった。そのあたり長男ヒース・レジャーはじめギブソン家の男の子たちにとっては物足りない。もっとも、ギブソンは家長としてどっしりと君臨していた。だから長男レジャーを筆頭に子供たちはみんな父親を深く尊敬していたんだね。

 チャールズタウンで行われる参戦か否かを決める住民投票では、父親はきっと何かバシッと決めてくれるだろうと思ってるわけ。で、子供たち連れてギブソンはチャールズタウンに出かけるんだよ。

 そのチャールズタウンでは、ギブソンの妻の姉であるジョエリー・リチャードソンが待っていた。子供たちとも大の仲良しのリチャードソン嬢、しかし彼女とギブソンとの間に流れるムードはちょっと…ムムム???

 で、その住民投票の時にはみんな二派に分かれてカンカンガクガク。勇ましい意見がバンバン出てくるなか、ギブソンはあくまで参戦回避を訴える。今度の戦争はどこかよそでやるのと訳が違う。自分ちの目と鼻の先でドンパチやるようなもんなんだぞ!しかし、彼が戦争を避けたいと言うのにはもっと深い理由があるような…。でも、そんな彼の事情なんて誰も聞いてはいなかった。

 案の定、みんなギンギンに勇ましくなっている時には、こういう意見は腰抜け呼ばわりされてしまうのだね。でも、こういう時に反対意見を言うほうが勇気要るんだぜ。会社員やってる人なら分かるだろ? やたら何かと言うと「俺は上の奴にバンと言ってやる」とか、「戦ってやる」とか盛んに言う奴が。こういう事言う奴に限ってまず何も出来ないね。自分のためにセコく立ち回るのがオチ。昔ある会社にいた時に、俺に「会社側にいろいろ要求したり主張したりする代表みたいになれ」なんて言ってきやがった若い連中がいてさ。「あんたは僕たち若いもんたちの味方だろ?」なんて言いやがった。俺はそんなもんになった覚えはねえよ。第一こいつら自分たちじゃ何もしようとしない。甘ったれるんじゃねえ。こいつら絶対ヤバくなったら俺なんか見捨てる。その前にこっちでアッサリ見捨てたよ。テメエの事はテメエでしろって言うの。俺はずっと自分のことは自分で話はつけてきたぞ。

 ところが、長男レジャー君もギブソンを腰抜けと見てしまったんだよね。でも若いから仕方ないか。戦うほうがカッコいいし勇ましいし女にモテるし。この若さなら、まだナニが前傾30度くらいにピ〜ンとそそり立つだろうしね。でも、俺なんかもう水平90度状態にすらならないんだよ。トホホホ。でも、ピ〜ンとしてる頃の男って女を本当に優しく扱う術を知らないからね。ホラ、自分がイクので夢中でしょうが。その点、元気なくなってからの男って女に優しいよ〜(笑)。だから、本当に男がいいのは40過ぎてからなんだよ。これホント。PRです(笑)。若い奴はナニが固いだけで相手の事考えずに一方的だもん、話にならないよ。…って何の話だったっけ? とにかく、何にも分かってないくせに、レジャー君いっぱしの口叩いて親父をバカにしたわけ。しかも親父が止めるのも聞かず、軍に入隊してしまった。でも、その場にいたのはギブソンをバカにする者だけではなかった。かつてギブソンと戦った古い戦友で、今回もここサウス・カロライナで参戦を訴えるべくやってきたクリス・クーパー大佐には、ギブソンの内面の苦悩がちゃんと分かっていたんだね。それにクーパーも、「遠い空の向こうで」でロケット小僧に悩まされたばかりだもんね(笑)。ガキには苦労させられるよ、まったく。

 ほんでもって長男レジャーが入隊して勇ましい手紙送ってきたら、次男まで戦争にかぶれやがってからに。ガキども、ギブソン親父をみんなでコケにしくさってやがるんだね。このクソガキの寝小便たれ夢精タレ流しめが(笑)!

 そんなある日、夜中にわが家に忍び込む者が…。何と傷を負って家の転がり込んできたのは長男レジャーじゃないか。彼は伝令として大事な便りを運んでる最中。そして、その後ヘロヘロヨレヨレになった傷だらけ兵士たちがアメリカ軍イギリス軍入り乱れてなだれ込んできた。そこはさすがの太っ腹ギブソン。両軍とも一時お休みということで、屋敷で手当して休ませるのであった。和気あいあいしばしの休息。

 ところが、そこにジェイソン・アイザックス大佐率いるイギリス軍の一団が現われると様相が一変。アイザックス大佐はレジャーを目ざとく見つけると、ちゃんとした兵士としてでなくスパイであると決めつけて処刑すると宣言。身柄を拘束して連行しようとした。何だって? あわてるギブソン。何とかせねばと策を練ろうとする矢先、勇ましがり屋で軍隊かぶれの次男がな〜んも考えずに飛びかかった。しかし君は甘〜〜〜い! まだ年端もいかぬこの次男は、情け容赦なくアイザックス大佐に撃ち殺されてしまった。

 あ〜〜〜なんてことを〜〜〜〜!!!!

 さらに調子に乗ってアイザックス大佐は家屋敷を焼き払い、アメリカ軍の負傷者をみな殺し。世話になった恩をアダで返しまくった。ワハハハハ、バカな奴めと悪代官づらで立ち去るアイザックス大佐。連行されていく長男レジャー。

 ぬおおおおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜!!! 許せな〜〜〜〜〜〜い!!

 三男四男に銃を持たせ、平和主義者の顔をかなぐり捨てたギブソンは、オーストラリアから秘かに運んでおいたインターセプターを引っぱり出して(笑)、マッドマックスに変身しているのであった。

 かつて知ったる故郷の道。イギリス軍を先回りするくらいなんざ朝飯前。3人は高台で一団が来るのを待った。その間もマッドマックス・ギブソンは銃を何丁も用意したり、いろいろ動き回って戦いの準備に余念がない。何だかさっきよりずいぶんイキイキしてるみたいなんだよなぁ。

 で、イギリス軍がやってくる。すると息子たちの助けがあったとは言え、ギブソンは一人で10人ぶんくらいの大働き。あっちこっちとめまぐるしく動いて撃ちまくる。人数減ってきたら下に降りてって、短銃撃つわ斧を振るうわ。イギリス軍の一団が壊滅し長男レジャーを奪還してるのに、一度放たれたギブソンの戦闘本能はもはや止まらない。頭から血でビッショリになりながら、とっくにくたばってる敵に何度も何度も斧を振るうその形相は、アシュラのごとしと形容すればいいのだろうか。まるでアジのたたきをつくってる板前状態(笑)。それまでナメ切ってた息子たちも、自分たちがどんな男を弱虫扱いしてきたのか知って背筋がゾ〜〜〜〜〜ッ。

 実はこの男、かつて勇士として称えられた戦争の時、決して美しい戦い方をしてきた訳ではなかった。怒りにまかせ本能にまかせての大虐殺を行い、それを心の傷として胸の内深くに封印してきたのだった。彼が戦いを恐れていたのは臆病だったからではなかった。自らの心の暗部に潜む獣を、再び野に放ってしまうのが恐ろしかったのだ。

 しかし時はすでに遅し。毒を食らわば皿まで。こうなったらやるとこまでやるしかない! 完全に長男とともに戦場にドップリ漬かることに決めたギブソン。子供たちをリチャードソン嬢に預けて、自らは旧友クーパー大佐の下に馳せ参じた。

 で、ギブソン親子はあちこちで志願兵を募って民兵を組織し、ゲリラ戦でイギリス軍の裏をかいて暗躍するようになった。反骨の怒りたぎらせたゲリラ戦なら「ブレイブハート」でお手のもの。このため、悪党アイザックス大佐もさんざコケにされて怒り心頭。あらゆる汚い残忍な手でギブソン一党を迎え撃とうとするんだよ。こうなってくると、いつもの相棒ダニー・グローバーがいないのが寂しいね(笑)。

 果たしてギブソンは、子供たちは、そしてアメリカの独立の行方は…?

 

 

 

 

 

ここからは映画見てから

読んだほうがいいかも。

 

 

 

 

 

 

 

敗戦国出身者エメリッヒの願い

 まず、この映画は「インデペンデンス・デイ」、あのU.S.版「ゴジラ」でおなじみローランド・エメリッヒ監督、ディーン・デブリン制作の悪名高いコンビの作品なんだよね。だから、見る前から何だかイヤ〜な予感した。エメリッヒ映画の特徴っていうかイヤなとこって言うと、2つに大別できるんだよね。あの大味な作り、そして何だかアナクロなアメリカ・ナショナリズムを押し付けてくるとこ。で、今度はエメリッヒ初の本格的エピックドラマでかなりの大作で、題名が「パトリオット」とくる。ヤバいよ、これはまったくもってヤバい。

 しかしながら出来上がった映画を見ると、この2点においてかなり合格点をあげられる出来なんだよね。しかも、最近ありがちな大作映画の空疎さではなくて、中味が詰まった大作映画の風格。そして、堂々と描かれたドラマ。これ本当にエメリッヒ映画かよ(笑)?

 今回どうしてうまくいったかを探っていくと、まずは脚本をロバート・ローダットが書いていることが挙げられるだろうね。「プライベート・ライアン」の脚本家。正直言って「プライベート〜」にはドラマ構成上いかんともし難い欠陥があるので、僕はこの脚本家を買ってない。ただ、映画始まって30分間のノルマンディ上陸の大虐殺シーンには力がこもっていたっけ。この「プライベート〜」の前半部分に描き込まれた戦闘シーンの兵士の無駄死にっぷりに、今回の戦闘シーンの空しさがダブるようになってるわけ。その点では、大昔の「やぁやぁ我こそは…」じゃないけど、古式ゆかしき戦闘シーンを描いてはいても、戦闘行為の空しさは同じだといっているんだね。でもそう言いながら、映画の後半では戦争行為をギブソンの私恨のかたちにすり替えて肯定しちゃってるんだから、所詮エメリッヒにとっては取ってつけたような反戦テーマなんだろうけどさ。

 それから何と言っても主演に大スター、メル・ギブソンを手に入れたこと。この映画での彼の役は、「マッドマックス」の復讐の鬼、「リーサル・ウェポン」の人間兵器、そして「ブレイブハート」の反骨の人…という、彼の今までのスターイメージを見事に総括したような役。心にトラウマ抱えている点では前出「マッドマックス」と「リーサル〜」引きずってるし、まさに彼が演るために造形された役のようだ。今までエメリッヒ映画にはこのように観客の感情を束ねて一つに収束すべく用意されたキャラクターがなかった。今回は、ギブソンのようにボリューム感があり観客の感情移入が容易な俳優を中心に据えたため、若干いきすぎ悪ノリのストーリー展開も結果オーライとなったのではないか。

 そして何より今回は、大地に根をどっかり下ろしたエピックドラマであるということが大きい。これはエメリッヒ映画では…と言うより、今どきの映画としても珍しい本格ドラマの大作。そういう意味では夏の「グラディエーター」とこれは、ちょっと昔懐かしい構成の作品といえなくもない。つまり映画らしい映画なのである

 今回この作品で展開された昔のスタイルの戦闘場面は、そのリアルさといい、エキストラの数を含むスケール感といい、かなり画面に要素が詰まった印象を受ける厚ぼったさだ。それは、CGなどの力を借りてはいるのだろうが、地面にカメラを置き大勢のエキストラを動員してつくっているという、手作りの映像だけが持つ迫力なのだろう。こうしたいくつかの要素が、いつものエメリッヒ映画の持つ大味さを解消していったのに違いない。

 一方、エメリッヒ映画のアメリカ・ナショナリズム=アメリカの独立記念日を人類の記念日にしちゃおうという何とも単純バカな発想…も、エメリッヒが実はアメリカでは異邦人で、敗戦国出身のドイツ人であることを考えれば、ちょっとほろ苦い思いがしてくる。かの国でもわが国でも、戦争映画はスカッと勝ち戦さにできないし、もちろん正義の戦いに出来ない宿命なのは言うまでもない話。この敗戦国の人間としての屈折した思いが、彼のアメリカ礼賛の背後には絶対にあるはずだよね。

 例えば宇宙人のUFOに向かって日本やドイツの首相は飛行機で攻撃に向かえないよ。行っちゃダメなわけ。そういうヒロイズムは敗戦国では謳えないわけ。でも、米大統領が攻撃に行くって発想はどうかと言えば、さすがにアメリカ人自身からはアナクロすぎで恥ずかしくて出てこないんじゃないかな。そういう面ではあの設定、照れがない他国民のエメリッヒだから出来た、100パーセントのビバ・アメリカなんだろうね。米大統領のストレートなヒロイズムを謳い上げたもう一本の映画「エアフォース・ワン」が、やはり敗戦国ドイツから現われた監督ウォルフガング・ペーターゼンによってつくられた事実は、単なる偶然ではないと思えるんだよ。

 だから今回は、アメリカ独立の物語に託して堂々と正義と大義の戦いを謳うことが、エメリッヒの最大の目的だったのではないか。いつも悪党扱いされ、または重苦しい顔つきで反省を強いられ、スカッとした戦いのヒロイズムを謳いあげる喜びを享受できないドイツ人の鬱憤。それを必死の思いでアメリカまでたどり着き、あたかもアメリカ人に成り済ますことで晴らそうとしているのではないか。だから、彼の映画はいつも戦闘ヒロイズムの面でもアメリカ礼賛的な面からも不自然に力み返って、アメリカ人以外の世界中の人々を鼻白ませるのだろう。

 今回も、長男レジャーが町の協会で民兵を募る時、何でみんな立ち上がらないの?と演説をぶつ女が出てくる。実はこの女、レジャーにホの字で、彼に協力していると言うわけなんだが、男たちを無理やり戦場に行けと言わんばかりの発言と、その発言によって民兵に志願せざるを得ない空気が出来ていくあたりのイヤ〜な感じは、やっぱりこの作品の行きすぎたところであり、一見戦いを否定するが如きストーリーの正体見たりの部分だろう。案の定、この女は映画の終盤で焼き殺されるからいいけどね(笑)。所詮、戦争反対は建て前だ。戦うヒロイズムを最終的には訴えたいんだよね。

 ただ、それを政治的にどうの…と馬鹿なインテリかぶれみたいに批判するのもヤボの骨頂だろう。これはそんな映画ではない。民兵に参加した黒人奴隷と、彼を最初はバカにしていた白人男性の友情物語など、ハッキリ言ってクサすぎなキレイごとの趣向もあるけれど、それはギブソンの口のきけない末娘を使ったお客をたっぷり泣かせる仕掛けと同様のもの。どこからも文句を言われず思いきりイヤと言うほど戦うヒロイズムを謳いあげたいという、エメリッヒの思いのほとばしりとも言うべきものなのだから。

 それは正義と大義の戦いを持ち得なかった国民である僕らにも相通ずる、ほろ苦いあこがれなのである。

 

 

 

 

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