「マルコヴィッチの穴」

  Being John Malkovich

 (2000/09/25)


 今回は珍しく無駄口なし。

 

 

 

どんな映画か一応知りたい     単刀直入に結論を知りたい

 

 

 

 

 あやつり人形師のジョン・キューザックは、妻でペットショップの店員キャメロン・ディアズにほとんど食わせてもらっているようなヒモ状態の男。まぁ、人形師という仕事自体あまり安定収入に結び付かないうえに、彼のあやつり人形の出し物が何ともスキャンダラスなシロモノなので、なおさら浮かび上がれる手だてはない。テクニックは一流なのだが、それを披露する機会がない。毎日食わせてもらいながら悶々としている日々だったが、従順で気立てが良く彼の芸の唯一の理解者である妻のディアズでさえ、定職に就いてもらいたいと口に出し始めるとなれば、さすがに彼もこれ以上勝手気ままにしていることは出来なくなった。

 新聞の求人欄を見ると、ある会社が手先の器用な人間をファイリングに求めている。一念発起してネクタイを締め、オフィス街に出かけるキューザック。めざすビルには辿りついたものの、問題の会社はこのビルの7と1/2階にあるという。7と1/2階(笑)?

 7と1/2階とは、ビルの7階と8階との間に存在する不思議なフロアで、何しろ天井が他の階の半分の高さしかないから、ここにいる人達はみんな頭を曲げたり屈んだりしてるという具合。どういう由来でこんな階が出来たかについてはここでは割愛するものの、そのせいで家賃が安いというのは魅力らしく、たった今キューザックが面接を受けようという会社もそれ目当てにこのビルに居を構えているというんだから、もうそのあたりで本当はヤバいと思わなくてはいかなかった。

 お目当ての会社の社長秘書メアリー・ケイ・プレイスは、人の話を絶対まんまに聞かないという奇妙な特技の持ち主だが、社長その人も負けず劣らず奇妙な人物。無事に採用になったものの喜んでいいのやら。

 通勤するようになっても、ますますこの7と1/2階とここの住人に対する奇妙な感覚は増すばかり。おなじ階の別の会社で働く女キャスリーン・キーナーに惹かれるようになり、あれだけ妻ディアズの世話になっておきながら人並みにこの女にチョッカイを出したがるキューザック。しかしこの女もどこか奇妙で、彼の気を引くかと思えばひどくつれなくなったりする。まぁ女に惹かれたとたん、男の目からはその女の一挙手一投足がすべて奇妙で不可解なものに感じられてくるんだがね。でも女に言わせると、私はそんなつもりじゃなかった、自分は悪くないと言い張るとこまでいつも同じ。タチが悪いマルチ商法に引っかかったみたいなもの。こういう目にあって振り回されてた過去の自分を考えると、女の頭から熱湯をかけたくなるが(笑)。キューザックもこの女キーナーにチョッカイ出したのが悪かった。

 そのうちキューザックは、会社のある部屋の壁に、人ひとり通れるほどの奇妙な穴が空いていることに気づくんだよ。でも、この7と1/2階のことだ、何があってももう驚かないよね。で、その穴を覗いていたキューザック。つい足を滑らせたか、中から吸い込まれたか、とにかく穴の奥へと落っこちて行ったんだね。で、どうなったか?

 もうご存じだよね。ジョン・マルコヴィッチになってしまった。

 自分が俳優ジョン・マルコヴィッチの内面に入り込んで、彼がやっていることを見ているという奇妙な状態になっていたのだ。ただしずっとじゃない。15分経つと放っぽり出されて、郊外の高速道路の脇に落っこちてくる。これには大概の事には慣れっこになりつつあったキューザックも驚いた。早速気になる女キーナーにこの穴の話を持ちかけた。誰かに相談したかったということもあるが、何しろこれを機会にお近づきしたい。

 キーナーはこの話を聞いてもさほど驚かず(!)、キューザックを共同経営者にこの穴で事業を起こして一儲けなどと言い出す。もちろんキューザックに異存などあろうはずもない。穴の発見に興奮したキューザックは妻にも興奮してしゃべらずにはいられなかったが、共同事業の相手のキーナーがいかなる人物かについては口を濁すしかなかった。

 ところでキューザックは社長に気にいられたのか、社長宅のディナーに妻のディアズともども誘われたんだね。で、トイレを借りようとしたディアズが間違えてある部屋に入ると、そこには生まれた時から現在にいたる無数のジョン・マルコヴィッチの写真が…。なぜ、どうしてマルコヴィッチ…?

 帰りの車でディアズはどうしても穴が体験したくなり、夫キューザックにせがむ。そこで夫婦は夜中に例のビルを訪れ、ディアズを穴に入れてマルコヴィッチ体験させるのだが、これが良かったのか悪かったのか…。平凡で気立てのいい女だったはずのディアズは、車中ずっとこの体験によって妙に何かに開眼してしまい、興奮しっぱなしでしゃべりまくる。そんな妻の様子を見つめるキューザックは、何だかイヤ〜な予感が全身にしみ渡ってくるのであった。

 案の定、この体験がクセになったディアズは、真っ昼間から会社に来て穴に入れろと言ってくる。そして、ここでキーナーとも出会ったディアズは、奇妙なことに彼女に結構親しみを感じたようなのだ。う〜ん。

 またしてもマルコヴィッチに入り込んだディアズ。だが、そこにキーナーがイタズラ心を起こしてマルコヴィッチに電話した。ぜひ会いたいなどと言っている見知らぬ女からの電話など、有名人のマルコヴィッチにとっては取るに足らぬ事柄で、普段ならこんなものには見向きもしないのだろう。しかし今回だけは違った。中でディアズがマルコヴィッチの意志を誘導しているのだ。なぜかキーナーの電話番号をメモした紙が気になるマルコヴィッチ。だが、それはこれから起こるとんでもない出来事の、ほんの前兆に過ぎなかったのである。

 

 

Fのゴタクが聞きたい      結論だけ知りたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ今回の感想文をマトモに普通に書いたかというと、毎回ちょっと毛色の違う感想文を書いてばかりいるので、普通に書いたらどうなるか試してみたかったから。

 それと、今回の映画は設定から何から全てが奇妙なので、感想文のスタイルだけはマトモに書きたかったから。奇妙なもんを奇妙に書いちゃあマズイだろう?

 実はこの映画への評価はみんなさほど変わらないと思うんだよね。いわくアイディアの勝利、それに尽きる。あと、付け足すとすればキューザック、ディアズにもちろんマルコヴィッチというクセ者キャストを揃えられた素晴しさ、突飛な設定の不条理劇を違和感なく受け入れさせるための導入部の見事さ…これは誰でも挙げるところだろう?

 そうそう、キューザック、ディアズといったスターがここでは自らの放つオーラを極力消して、つまんない普通の人になろうと努力している点も面白い。これは運命のいたずらに翻弄される、気も意志も弱い人々のお話だからね。

 お話が進むにつれ、主人公たちは奇妙に歪み変貌していく。自分は人生で恵まれたポジションにいなかった、不当に扱われ続けてきた…と痛感していたキューザック扮する主人公は、それまで慎ましく控えめに生きてきた男。ところがこの穴の存在に気づいてから奇妙な野心や欲望の虜になってしまい、とんでもない振る舞いに出てしまう。その妻ディアズにしろ、それまでおとなしい女だったのに、これまた歪んだ欲望の虜となってしまう。どちらもありふれて善良な人間たちで、自らの野心や欲望に目覚めた経緯も理解できる。奇妙ではあっても、どれもこれも人間なら考えそうないじましい夢の実現なのだ。誰にそれが責められよう。普段は実現できないとあきらめて意識下に埋没させていたのに、いざ「何でもあり」なんだと気づいた時、他人も何もおかまいなしで暴走するのをどうして止められると言うのだ? あんな穴さえなければ、こんな目に遭わなかったものを。

 だからこの映画、見終わった後、めっぽう気が滅入ってしまったんだよね。人間、自分の夢が叶っていくっていいことなのか、素晴らしいことなのかって考えさせられて。

 少々、青いこと言ってやがると鼻白む方もいるかもしれないが、何となく触れられたくない部分に触れられたみたいでイヤ〜な感じ。僕は最初、この映画をナンセンス・コメディとばかり思い、大いに笑ってやろうと見に行っただけに、かなり気が滅入ってしまったよ。

 

 

Fのグチにつき合ってもいい       勘弁しろよ結論だけでいい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで蛇足ついでにこっそり白状させてもらえば、今回の「マルコヴィッチの穴」みたいな作品は、よっぽど洞察力のある人でなければ誰が書いても感想や評価はたぶん大筋で同じだと思うんだよ。そこへきて、今回の僕の感想文はスタイルも極めて普通…。だから今回のこの文章を見れば、いかに僕の感想文がいつも余計なものくっつけて面白そうにしてるかハッキリ分かると思うんだよね。ハダカにしてみると、実はよそのサイトの映画感想文やら映画評と称する文章といくらも変わりばえしない…ヘタするとこっちの方が数段つまらない。いつもはそこにヒワイな冗談とか泣かせる内輪話入れてごまかしてる。あとは昔の女の話。イヤだねぇ。

 いろいろな尾ヒレを付けて面白くするなんて、実際のところ邪道なんだよね。だって本当は要らないものくっつけてるんだもの。本当にいいものってのは、盆栽とか俳句や、ジョン・レノンのプラスティック・オノ・バンドの最初のアルバムみたいにシンプルで硬質で余計なものがない。本当に面白い映画の感想文や映画評というのは、こうしたハダカの状態にしてなおかつ面白いものなんだ。出来れば短ければ短いほどいい。実際、そういう文章を僕は見ているし、どこのサイトを見れば面白い映画感想文が読めるかと聞いてくれれば、個人的にメールでお答えしてもいいよ。時には変えたいよ俺だって、いつもの自分のスタイルを。自分以外の誰かになりたい! だからって「リプリー」にゃなりたくないけど(笑)。誰か別の奴になって、もっとマシな人生を暮らしたい。どこかに穴はないのか、自分をほかの誰かにしてくれる穴は!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この映画の評価? 変わってて面白いけど哀しいね。

 

 

 で、来週は? …またいつもと同じ、俺はしょせん俺でしかないからね。

 

 

 

 

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