「U-571」

  U-571

 (2000/09/11)


最初は迷いがなかったはずなのに…

 僕が彼女と出会ったのは、寒さの厳しいある冬の日だった。信じられないかもしれないが、たった一度会っただけで僕には彼女がずっと自分が求めていた女なのだとハッキリ分かったんだね。

 彼女のどこが違うかと言うと、この僕が何もしゃべらなくていいって事だね。のべつまくなししゃべっているような僕にとって、これは重要なことだった。お互い無言でも何となく場がもつ。何をやろうとしてるのか分かる。これは決してロマンティックな話じゃなくって、何か念力とか「X-メン」とかそういう次元の問題(笑)。二人ともどこかに連れていかれて、旧ソ連科学アカデミーやロズウェル空軍基地で解剖されてもおかしくなかった。とにかく、まるで10年前から一緒に暮らしてる感じ。だから、自分がこうしたいと思ったことは彼女にストレートに伝えられた。向こうもやりたいように振る舞っていたと思うんだね。

 だから、最初に彼女を口説く時だってストレートで迷いがなかったんだよ。

 悪いんだけど、君は俺と付き合うしかないんだからあきらめてくれ…。本当にそう言った。選択の余地もないし反論は一切認めない(笑)。いや、いつも僕はそんな事言って女を口説いてるわけじゃない(笑)。ただ、東京タワーの高さが333メートルだと言うのと同じで、その時は僕は単に事実を述べただけだった。自惚れとかでなくて、相手にとっても僕と付き合う事が一番良いことなのだと本当に思えたんだよ(笑)。彼女はこんな言葉で僕についていったんじゃないと言い張ってはいたが、そこに理屈でない有無を言わさぬ説得力があったことは認めてたんじゃないか。

 ところがねぇ、蜜月は長くなかった。こんな迷いのないストレートな関係が、いざ付き合い出してから徐々に歪んでいったんだよ。

 どうして俺たちコソコソしなきゃならねえんだ、どうして俺がこんなツラい思いしてるのに人ごとみたいな事言えるんだ、どうして人に用事急いでやらせときながら放ったらかすんだこのボケ女、何でいちいち他人に二人のこと言わなきゃならないの、何で私だけちょっとフザケたこと言っても叱られるの、何で私が機嫌悪いだけで全部オシマイみたいな事になっちゃうのよこのネクラ男…。

 そう言えばこの時期、僕も彼女も相手の沈黙がだんだんこたえるようになってきていた。前は何時間黙っていてもオーケーだった僕らなのに。この時には、相手が何を考えているのか、何を言いたいのか全く分からなくなってきていたのだ。あんなに迷いがなかった僕らだったのに、何もかも迷いばかりになってしまったんだね。僕らはたちまちドツボに落ち込んでしまった。

 なぜだろう? 僕は自分の中に歪んだ不満をため込み、彼女は彼女で「あなたに何言っても暗くなるから何も言えない」と言って背を向けた。お互い言ってはいけない言葉、「おまえ(あなた)の考えている事が分からない」をついに口にしてしまって…。

 それに、あいつのため彼のため、善かれと思って言う事する事が、なぜか裏目裏目に出てき始めて…。いや、ここはハッキリとそれをカッコつけのキレイごとと言おう。それで当初にはあった「俺と付き合うしかない」(笑)の明快さを欠いていったんだよな。相手のため自分のため…と言っても考えすぎるとキレイごとになる。人のためなんて言ったところで、所詮その当人以上に考えられる訳でもない。それをお互い相手の気持ちを読みすぎて、詰め将棋やってるみたいになったのがいけなかったんだ。

 本当は自分の気持を、迷わずただ相手に伝えればよかったのに…。

 

低い評価に不満タラタラのマコノヒー大尉

 第2次大戦中の1942年、連合軍側は大西洋の制海権をナチス・ドイツの誇る高性能潜水艦Uボートに完全に掌握され、手も足も出ない状態となっていた。中でも一番苦々しいのは、このUボートが使用している通信用暗号を解読できないこと。これにより、それでなくても高性能のUボートを、より神出鬼没に思うがまま暴れ回らせる結果となっていたのだった。連合軍側としてはこのUボートの暗号を解読することが急務となっていたわけね。

 折しも大西洋狭しと大暴れしているUボートが一隻。あんまりおイタが過ぎて、英国軍の船からバラバラ爆雷落され、あっちこっちボコボコ。何とか九死に一生を得るものの、エンジンはガタガタ、バッテリーはヘロヘロ、魚雷は残り少ないとくればお話にならない。あわててベルリンに打電して、修理と物資の補給を要求するのであった。

 舞台変わって、あるアメリカ海軍潜水艦のクルー総出でドンチャン騒ぎが行われているところ。このクルーの一人が結婚して、その結婚披露宴のパーティーというわけ。ところがみんな喜んでいる中にブゼンとした表情の男が一人。潜水艦の副官を務めているマシュー・マコノヒー大尉である。サエない理由は今度こそ艦長に昇進と意気込んでいたのに、アッサリ見送られたため。宴席に艦のチーフであるハーベイ・カイテルを見つけ、思いきりボヤくが軽くいなされる。それに何だか俺以外の人間はこの事を知っていて、別にこの結果が意外でも何でもないみたいなのがヤな感じだよな。それにしてもビル・パクストン艦長はひどい。俺があんなにちゃんと仕事して尽くしたのに。今回あいつは俺を推薦しなかった。だからあいつは「タイタニック」で宝石取り逃がすんだバカ野郎、ローズのババアにしてやられやがって。今夜はトコトン飲んでやるからなぁ〜とマコノヒー大尉が思っていたら、急に邪魔が入りやがった。いきなりの出撃命令だ。今回の披露宴の新郎だって出撃だ。え〜? 俺、まだ初夜だってヤッてないんスけど〜。途中ラブホかどこかに寄ってもらえますぅ?

 今回の出撃は秘密任務ということで、海軍のスペシャリストのデビッド・キースらも乗り込むという。パクストン艦長がわだかまりを捨ててやっていこうなんて調子のいいこと言ってくるけど、どうも上の奴らが陰で自分のことボロクソ言ってたらしいとわかってきて、何とも胸クソ悪いマコノヒー大尉であった。

 やがて全員が乗り込んで、潜水艦は海へと乗り出す。すると、そこでようやく今回の任務の説明があった。

 ドイツからの補給船を待つUボートを奪取し、暗号装置を確保せよ!

 そのUボートこそ、冒頭に出てきた例の潜水艦。ヘロヘロになって修理を待っているこのUボートに、ドイツからの補給船を装って近づいて、乗り込んでしまおうというのがこの作戦。その斬り込み隊メンバーにマコノヒーが選ばれ、同じくこの潜水艦より選抜のカイテル・チーフらを率いることになるのだが…。

 

自分の指揮官としての非力を思い知らされて

 めざすUボートを発見。味方のふりして近づく斬り込み隊のボートだが、実はドイツ語できる奴は二人しかいないからビビりまくり。危うくバレそうになるが強引に乗り込み、あっと言う間に艦内を制圧。暗号器も確保してめでたし。でも、ちょっとした小競り合いで死んだ奴も負傷者も出た。例の新婚でまだ初夜もヤッてない新郎もケガ。何かそんなヤな予感したんだこいつ。

 Uボートからドイツ兵たちを捕虜として自分たちの潜水艦にボートで移送し、暗号器持って自分たちもズラかろうとしていた斬り込み隊の面々。ところが潜んでいた敵潜水艦から発射された魚雷が味方潜水艦に命中。あっけにとられているうちに味方潜水艦は海の藻屑。移送中だったボートも沈んだ。哀れ初夜がまだだった新婚男も担架に括り付けられたままボートごと沈んでいく。でも、初夜がまだだったのがそんなに無念なのか、アソコだけはキリキリと痛いほど青筋立ててオッ立ってるから、沈んでいっても潜望鏡みたいに水面からナニがしばらくの間は顔を出してるんだね(笑)。う〜む、それで風俗ではあのテクを潜望鏡と呼ぶのか(笑)。海に投げ出されて半死半生のパクストン艦長はマコノヒーに大声で言う。「俺たちに構うな! 早く潜行して隠れろ」

 仕方なくマコノヒー初め斬り込み隊の面々は、沈む味方潜水艦の惨状を目の当たりにしながら、急いで乗っ取った敵Uボートに乗り込み潜行させることとした。

 でもねぇ、ドイツ語だからわかんねえんだよ。言葉がわかる二人が右往左往しながら何とかかんとか動かそうとする。潜行したら潜行したで、今度は敵をやっつけなくてはこっちが危ない。今度は魚雷どうやって発射するんだでスッタモンダ。何とかかんとかやっつけたものの、魚雷は残り一発しかない上に、装置に問題あってこのままでは発射できない。エンジンはつぶれてる。何より機械全部がドイツ語で書いてあるからよくわからない。そして味方はこの残った9人のみ。指揮をするのは、艦長はやられちゃったから…「困った、俺しかいない」とホワイトアウト状態のマコノヒー大尉だった。あんなに艦長になりたがっていたマコノヒー。だが、実際その機会がこうして巡ってきてみると、艦はボロボロ、危険は迫ってる、クルーはたったの9人だけという最悪コンディションで、さすがにわが身の不運をボヤかずにいられない。

 おまけに今後の計画について相談すれば、若い奴はマコノヒーをナメきっちゃって言うことを聞かない。逆にこれからどうするんだと矢継早やに聞かれれば、自分でも頭がホワイトアウト。「そんなの俺だって分からねえよ!」と言ってはいけない言葉を吐いてしまうマコノヒーだった。

 思えば生前、昇進できずに恨むマコノヒーに対してパクストン艦長は言ってたっけ。おまえはまだ艦長の資格ないって。「おまえはまだ甘いんだよ」

 部下や回りの人間を気にするのはいいが、それが過ぎるあまり非常時には何を優先すべきか判断できなくなる。艦長は瞬時に決断しそれをやり遂げることを要求される。時には非情な決断もしなくてはいけない。それをためらえば、大きなダメージを負うことだってあり得るのだ。

 おまえはまだ東京モンの気取りが抜けん。だがな、エグい言われたかてセコい言われたかて、キレイごとだけではナニワの商人(あきんど)はアカンのや…。ん? おいおい、パクストン艦長よぉ、俺は別に商人になりたい訳じゃなくって艦長になりてえんだけど? 訳わかんねえなぁ…とあの時は突然の関西弁も含めて意味が分かっていなかったが、今考えているとこういう状況のことを言いたがっていたのかなぁ…と今さらながら思い出す苦悩の人マコノヒー。

 案の定、部下がマコノヒーをバカにして「艦長がいればなぁ」なんて言ってるのが聞こえる。本当はマコノヒーはクビになるはずだったんだ…とも。これからこの艦の指揮をとらねばならないのに、どんどん気持が落ち込み「エドtv」の時みたいにイジけるマコノヒーだった。

 見るに見かねてやってくるのが番頭格のチーフ、ハーベイ・カイテル。ビビるマコノヒーの胸の内を見透かして、ズバリ核心に触れてくる。「若旦那、若いモンの前でわからんなんて言うたらあきまへんで!」 そう、あれでは誰だってついて来なくなる。

 人に迷いを見せてはダメだ。そして自分の決断を迷ってはいけない。人を納得させるには、そして困難もものともせず何かを成し遂げるには、迷いとためらいは禁物なのだ。マコノヒーもさすがにこの道ウン十年、苦労人カイテルの助言はこたえた。

 でも、そこでじっくり考え直してる暇はない。もうじきこのUボートに呼ばれたドイツからの補給船がやってくるからだ。

 

指揮官として目覚めたマコノヒー大尉

 やがてドイツの偵察機が飛んでくるが、ここはスマイル(=0円)で友軍と見せかけなければ。しかしマコノヒーに反抗的だった若僧は、攻撃しないとこっちがやられるとわめいて言うことをきかない。それを無理やり押さえつけて何とか偵察機をやり過ごすと、マコノヒー急に人が変わったように若僧をド突き倒した。

 「何で上官に逆らうんや、このボケェェェ!」

 ナメ切ってた若僧はお人好しマコノヒーがいきなり東映実録シリーズ関西極道口調で凄むのでビビる。しかし、すぐに問題のドイツ船が現われ、それどこでなくなる。このドイツ船に感づかれてマトモに戦っても、今は勝てない。それどころか事の顛末をドイツに打電されたら、秘密裏に暗号をゲットするこの作戦の意味がなくなる。もちろん、だからこの船を本国に帰してはダメだ。

 そこでニコニコ笑って相手を油断させてた次の瞬間に、ドイツ船の通信装置を破壊。攻撃しようとするドイツ船を尻目に急速潜行するわれらがUボートであった。あくまでセコい作戦(笑)。そない言うたかて何も武器がないから仕方あらへん。

 急速潜行と言っても、エンジンいかれてほとんど動けない。急いで直しながらダマシダマシ使うわけ。で、しかたなく沈んでいくのみ。

 よっしゃ、160メートルも沈めばええわ!と張り切るマコノヒーに、詰めよるカイテル。160メートルって言えば、かなりな水圧ですぜ。

 マコノヒーの作戦はこうだ。潜って潜って敵の船の攻撃を回避。敵があきらめた頃に浮上。それまでに魚雷の発射装置を直して発射。ドカ〜ン!

 なるほど…と納得のカイテル。やってみましょうということになる。

 しかし、さすがナチスドイツ。人をイジメ抜くことでは日本の中学生に負けてはいない人でなしの犬畜生。船からドンドコドコドコこれでもかこれでもかと爆雷を落す。ハンパな量ではありません。映画の冒頭にも出て来た爆雷の恐怖がさらにパワーアップして、これではさすがにこの艦がもたないと思わされるところまで来た。

 おまけに艦内では、例の味方潜水艦撃沈騒ぎで海に投げ出されたドイツ兵を助けてやったのに、こいつが何だかんだと足を引っぱりやがる。一人殺されたりもしたが、こいつはさっきマコノヒーに楯突いたナマイキ若僧だからまぁいいか(笑)。

 で、マコノヒーはいつの間にか完全にナニワ商人になりきっていた。200メートルまでいくでぇ〜。それから魚雷発射装置からゴミとか死んだ若僧の死体とかを発射して、ワシらが撃沈されたように見せかければええやないか。

 カイテルさすがに200メートル潜行と聞いてビビるが、上官の命令は絶対なんて自分で言っちゃったもんだから逆らえない。200メートルのものすごい水圧に耐える覚悟をせざるを得ない。

 また、殺された若僧の死体を発射すると聞いて、若いクルーの間でも動揺が隠せない。仲間の亡骸を海に捨てるんですかと不平タラタラ言いたげなクルーに向かって、マコノヒーは眉毛ひとつ動かさずに断固として言った。大旦那が丁稚に言ってきかせるように…ナニワの商人ドラマならここが泣かせどころ。

 「あいつを捨てるんやない。あいつに助けてもらうんや」

 それは決して一歩も退かず決意も揺るがない、サッパリとすべての迷いを捨てた指揮官としての厳しい顔なのだった。

 

見栄と迷いを捨てたデ・ラウレンティス

 マシュー・マコノヒーってこんなに辛い男の味が出るとは思ってなかった。いや、甘ったるい持ち味の彼だからこそ、このイマイチ男が指揮官に成長するドラマが成立したのかもしれない。

 そんな中、ほとんど男ばかりのムサくるしいキャストの中でも中軸となって支えるのが名優ハーベイ・カイテル。何と言ってもいちばんオイシイ場面をさらってる。終盤のマコノヒーへの一言もさすが。

 それにしてもビル・パクストンが艦長役とはね〜! 今までイイカゲンな役多かったからね。こいつが、指揮官は迷いを見せてはいかん!などと偉そうに言ってるの見ると笑っちゃう。あんたに言われたくない(笑)。そうそう、最近映画づいてるジョン・ボン・ジョビも出てるけど、ハッキリ言ってどうでもいい役だわな。

 監督のジョナサン・モストウって「ブレーキダウン」撮った人って言ったって、俺それを見ていないから何とも言えない。しかし、それにしたっていきなりこんな大作手がけるなんて驚いてしまうよね。爆雷降り注ぐ緊迫シーンなんか、確かに「Uボート」などでも見せ場になったサスペンス場面だが、ここでもなかなか観る者を緊迫感で追いつめてくれる。

 だが、注目すべきはこの人じゃないか? 製作として今回久々にクレジットされたディノ・デ・ラウレンティス! イタリア映画が世界にはばたきつつあった1950年代から1960年代にかけて、ヴィスコンティをはじめとした威勢のいい自国の鬼才と組んで数々の名作傑作を発表。国際的に名を売ると、ちょうど没落して活路をヨーロッパに見い出そうとしたハリウッド資本と組んで、「天地創造」など大作話題作をこれまた連発。大プロデューサーとしての名を欲しいままにした彼。70年代にはいよいよ満を持してアメリカに居を移し、本格的にハリウッド大作を乱発した。

 その彼の本当の狙いはハリウッド的な明快な企画、単純ストーリーに、ヨーロッパ映画人としての自分の人脈とテイストを注入、さらに大プロデューサーだから出来る大資本投下という三拍子揃った映画づくり。だから「フラッシュ・ゴードン」だってベルイマン映画の名優マックス・フォン・シドーやイタリアの名花オルネラ・ムーティ、一時ブームとなったリナ・ウェルトミュラー映画で知られる女優マリアンジェラ・メラートの起用に、フェリーニ映画の美術と衣装担当のダニロ・ドナティを持ってきてクイーンに音楽を担当させる。「ハリケーン」だってスウェーデン出身の当時の新進ヤン・トローエルの監督にベルイマン映画の撮影担当スヴェン・ニクヴィストを持ってくる。そして、そこに大金をドボドボ注ぎ込む。デ・ラウレンティスの中には、アメリカ映画の大衆性とヨーロッパ映画のインテリジェンスの結合みたいな計算が働いていたはず…と僕は思うんだね。

 でも、そうはならなかった。どれもこれも金ばっかかかって、大味でフヤケきった作品ぞろい。デ・ラウレンティス作品は大味との有難くない定評まで出来てしまった。アメリカにおける作品群の頂点を飾った「キングコング」を境に、興行的にも苦戦を強いられていった彼は、当然のごとく財政的に危機に陥ったはずだ。

 その後、「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」などでチョボチョボと立ち上がったりもしたが、マイケル・チミノとつるんだりしたのがよくなかったか(笑)本格復活までには至らなかったように思う。

 ラウレンティスの失敗はどこにあったのだろう? ハリウッド的な考え方とヨーロッパ的ノウハウを結び付けようという発想を見れば、巷にはびこる「デ・ラウレンティス=成金映画屋」みたいな評価が明らかに間違っていることが分かるよね。ただ、その結び付け方があんまりにも単純だったのかな? いや、ヨーロッパ時代には不十分ながらそれは出来ていた。彼のつまづきはハリウッドに上陸してから起きている。

 伝統と巨大なシステム、海千山千の映画人たちがウヨウヨのハリウッド。そこに単身乗り込んでしまったことが悲劇の元ではなかったか。そこでは「大プロデューサー」デ・ラウレンティスであっても、田舎からやってきた成金オヤジ扱いされかねないムードがあったのではないか。黒澤明でさえ「トラ!トラ!トラ!」で苦汁を飲まされたような、女郎屋のやり手ババアみたいに手に負えないパワーがあったのではないか。だから彼は彼なりにささやかながら確立していた自身のノウハウを忘れ、ハリウッドのハイエナどもの言いなりになってしまったのかもしれない。ここでは違うんですよ、あなたの今までの流儀は通用しないんですよ、私たちの言う通りしないとダメなんですよ。黙ってお金を出しなさい…。もしデ・ラウレンティスに罪があるとすれば、そんなハイエナどもにつけこまれる「甘さ」がベテラン映画人だったはずの彼にあったということかも。それは、ハリウッドで成功したヨーロッパ映画人という称号が欲しかったゆえの見栄とカッコつけ

 「U-571」にはデ・ラウレンティスならではのヨーロッパ有名映画人の起用なんてものは全く見られない。また、アメリカ人で固められたキャストや監督ら主要スタッフにも、必要以上のビッグネーム起用は行われていない。せいぜい従来の彼らしさが伺えるのはローマのチネチッタ撮影所を使用していることだけ。かって知ったる撮影所を基地にすることで、仕事をやりやすく進めようとしたのか。

 そして潜水艦を原寸大でセットに建造するなど相変わらずの大作主義のはずなのに、それが以前のように作品の贅肉やムダに見えないところは、デ・ラウレンティス作品としてはこれまでにない点ではないか。つまり、カッコなんかつけてない、何から何まで地に足の着いた映画づくりとなっているのである。

 思えばヨーロッパ時代、彼が組んだヨーロッパの鬼才たちは、当初からヨーロッパを代表する著名な映画人というわけではなかった。彼の元にやってきたハリウッド映画人たちだって、彼がビッグネームを揃えようとしたからと言うより、ハリウッドの方が必要に迫られて出向いていって、そこに彼の思惑が一致しただけのはずだ。ヨーロッパ時代はどれもこれも必要に応じたスタイル、規模で、その時点での背伸びしない映画づくりをしていたはずなのだ。

 だからこの作品では、映画の中のマコノヒー同様、デ・ラウレンティス自身がアメリカ時代の迷いやエエカッコしいを捨てて、本来のストレートな映画づくりに戻ったと言えるのかもしれない。ならば、僕も彼の堂々たる復帰を祝いたい。迷いを捨てたこれからの彼の映画人としてのキャリアも。

 

 だから僕も伝えたかったのに。迷いもキレイごともない、自分の本当の気持ちだけを…。

 

 

 

 

 to : Review 2000

 

 to : Classics Index

  

 to : HOME