「パーフェクトストーム」

  The Perfect Storm

 (2000/08/07)


 

今回、最初っからネタばれって

言えばネタばれだから、

映画見ていない人は読まないで!

 

 

 

 

 

自らの生死を見つめるとき 

 人間生きるか死ぬかなんて思い、今どきの人はなかなかしないもんだと思うんだよね。もちろん僕も、そんなこと経験せずにノホホンと生きてきている甘ちゃんだから、意識することもない。明日も今日と同じく必ずやってくる約束された日だと、毎日思っているんだよね。

 特に僕は、生きるの死ぬのって事ではないものの、「これはヤバイ、万事窮す」…と思ったときでも、奇蹟みたいなことが起きて今まで何とかなってきちゃてる。だから、よけい自分が死ぬなんてことは考えてもみない。どうせ助かるだろうとタカをくくっているんだね。

 でも、そんなシビアさのかけらもない僕でも、自分の死というものを意識する時があるんだ。それはどんな時かって? それは…飛行機に乗る時

 僕は空港とか行くのは大好きだし、飛行機を取り巻く雰囲気も好き。昔はその業界に身を置いたこともあるんだけど、なぜか自分が乗るときは緊張しまくりなんだよね。

 ホント、毎回飛行機に乗るたびに遺書用意しようかと思うもの。でも、そんなことするとかえって縁起でもないからしないけど。だから、飛行機乗るのはキライじゃないけど、そのつど命賭けてます(笑)。

 しかし、この前のコンコルドの事故みたいに、人間がいよいよ死を目前にしたときってどんな心境になるんだろ? 飛行機落ちると乗っていた人はほぼ全員死ぬのが当り前になっちゃってるから、そうした時の機内の人たちの心境ってうかがいしれないけど。

 どうかな? ジタバタするかな?わめくかな? それとも、意外と淡々とその時を受け入れようとするんだろうか? どちらにせよ、その時に本当の自分の姿が現われてくるのかもしれない。

 映画「パーフェクトストーム」を見れば、そのヒントが見つかるんだろうか?

 

みんなお金がいるんだよ(俺も) 

 大西洋に面したアメリカの漁港グロスター。そろそろカジキ漁のシーズンも終わりで、長い漁を終えて港に漁船が次々と帰ってくる。その中にヒゲづらジョージ・クルーニー船長の船もあるんだね。他の船の連中が陸に戻れた喜びと大漁にホックホクで、つい顔もほころんでくるのに対して、クルーニー船長のクルーはみんな不景気な顔。それもそのはず、全然思ったように漁獲が伸びず、手元の入るお金も予想を下回ってしまったから。

 最近入った新入りマーク・ウォールバーグなんか、実入りが本当にスズメの涙程度なんでアセる。彼は恋人ダイアン・レインとの新生活スタートに向けて着々と準備を進めているところ。だから、どうしてもまとまった金がいる。それで住まいを決めて結婚して…。そんな人生設計をマジメに考え始めると、どうしたってお金がいるんだね。こんな事ならつまんない遊びでお金スッテンテンに使い果たさなきゃよかった。DVDも新しいMacも買わなきゃよかった。映画も映画の日にまとめて見て、あとは試写会に応募すればよかった。でも、そういうこと必要になるまで考えないんだよ人間ってもんは。あぁ金が欲しいねぇ、まとまった金が。陸に上がって久々の再会にゴキゲンのウォールバーグとレインは、最初こそイチャイチャで興奮してるけど、すぐその現実にぶち当たってクラくなる。

 ほかのクルーニー船のクルーはというと、女房と別れて子供の養育費を稼がにゃならないジョン・C・ライリーがいたり、まぁ、それぞれいろいろ思惑は違っても、金が欲しいという点では一緒。もちろんクルーニー旦那とてその気持ちは同じだが、彼の場合は他のメンバーとチト違っているみたい。

 ここグロスターの港でも唯一のカジキ漁船の女船長メアリー・エリザベス・マストラントニオとこのクルーニーはいい仲なんだけど、最近ちょっと漁獲量で水をあけられているんだよね。男ってバカだから、ここでちょっと挽回したいと思うもの。グロスターでもいい顔で通ってたクルーニー、ここ最近の成績ですっかり過去の人扱いにされるのがイヤなんだね。自分のクルーの気持ちが離れていくのもツラい。漁協のおやじマイケル・アイアンサイドにブチブチとイヤミ聞かせられるのもウンザリだ。

 それで、ついつい他の漁船がもうシーズン終了となった後も、もう一回だけ船を出して汚名挽回てな無理なこと考えてしまう。最初はこのクルーニーの提案にブーブー言ってるクルーたちも、やっぱり背に腹は代えられず金が欲しいのはヤマヤマなので、この話に乗ることにする。手が足りないところはショボく陸の仕事をしていたデイビッド・サリバンを誘ってクルーに加えたけど、このサリバンとライリーのソリが何だか合わないんだな。何だかひと波乱ありそう。

 そんなこんなで、いろんな思惑乗せて船は出航する。マストラントニオも別の場所で船を出してる。その頃、大西洋上のはるか彼方では、不穏な動きが…。

 

「グロスターの男」出してロクなことなし

 せっかく無理に無理を重ねて出航したのに、魚はやっぱり獲れない。無線で聞こえてくるマストラントニオの「こっちは獲れちゃって獲れちゃって、ウヒャホ〜」みたいな声聞くのも、実はムカつくクルーニー旦那なのだった。クルーは内心ダメだこりゃと思ってる。サリバンとライリーの関係は最悪で、何が起きてもおかしくない。そのうち久々にでかい魚と喜んで引き揚げてみればサメで、危うくウォールバーグは足をかじられかける。ライリーはライリーで誤って海に落ちて溺れかけるし。何だか最初っから何もうまくいかない航海なのだった。ただひとつの救いは、ライリー溺れかけたときに率先して助けに行ったのがサリバンだったこと。二人の関係はこうしてめでたく修復したわけ。

 で、あんまりショボい結果に号を煮やしたクルーニーは、さらに遠洋まで船を進めることを提案する。クルーはこの展開にさすがに文句を言うが、そこはクルーニーのスゴ味きかせた脅しで乗り切り、最後は「グロスターの男だろ」てなわかったようなわからないような言葉でオーライとなった。思えばこれが別れ道だったんだよな。

 いざ遠洋に出てみれば、獲り放題獲り放題。もう入れ食い。今から20年前くらいに夏の新島行って女ナンパしたみたいにイヤってほど釣れてハズレなし(笑)。もう腰がおかしくなりそう。

 でも、クルーニー船が大漁にハシャいでるころ、海のあちこちではヤバいことが起きつつあったわけ。3つの別々の嵐が大西洋上で衝突して何倍ものパワーを持ったすごい嵐、パーフェクトストームになろうとしていたのだ。

 そのおかげでタンカーは操縦不能になる、貨物船は甲板のコンテナーが落っこちる、よせばいいのに半可通の素人が出したヨットが身動きとれなくなる。

 バカスカ魚を釣って、今度こそデカい稼ぎも目前のクルーニーたち。しかし、いい事ばかり続きません。ナンパ連戦連勝の後の性病感染みたいに、何か好事魔多しってなことが必ずある。クルーニー船では製氷機が壊れてしまった。せっかくイヤってほど魚積んでるのに。どうするどうする。とにかく急いで帰るか。

 その頃、さすがのクルーニーたちも、でかい嵐が迫ってきていることはわかっていた。これを迂回していたら氷が溶けて魚がパーになってしまう。だったらイチかバチか、嵐の中を突っ切るしかない。今度はクルーニーがヤバいと思っているのに、他のみんなが聞きゃしなかった。またまた最後は「グロスターの男だぜ」でキマリ。

 だいたい男が自分の「男」を誇示したがる時に限って、ロクなことになりはしないのだ。

 その頃、海の上では遭難したヨットの乗組員をヘリの救助隊員が助けたりして大変。そうとは知らず、どんどん嵐の中に突っ込んで行ってゴキゲンのクルーニー船であった。心配になって連絡を入れたマストラントニオだが、アンテナの具合が悪くてうまく通じない。かろうじて聞き取れたクルーニー船の位置から、ヤバいことになったと知ったマストラントニオはあわててクルーニー船の救助要請を出す。でも、クルーニー船はすでに天気図のファックスすら入らなくなって、本当のヤバさがまるでわかっていなかったんだね。

 でも、海の上はマジでシャレにならなくなっていた。クルーニー船の捜索に向かうはずだった救助ヘリは、途中でガス欠にあって大荒れの海上に不時着。救助隊員たちは自分たちが救助される側になって人助けどころじゃなくなった。まさに孤立無援となったクルーニー船。

 この頃になると、さすがにクルーニー船ではさんざモミクチャにされた後で、魚どころの騒ぎじゃないわいと気づき始める。そこで、ようやく嵐から逃れようと重い腰を上げるわけなんだね。 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからは絶対、映画見た後で読んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カタルシスからは程遠い作品 

 僕はこの映画の予告編をさんざ映画館で見たときに、迫力たっぷりのSFX災害パニック映画…的なイメージ持っちゃったんだよ、「ツイスター」とか「ダンテズ・ピーク」とか。だから、まさかこんな展開になるとは思わなかったんだよね。唖然。

 でも、まぁ実話ベースのお話ではあるからね。

 そして肝心の災害のSFXに入るまでの描写は何かと言うと、地味な漁師たちの生活のリアル描写が多い。

 しかも登場人物の大半はムサいヒゲづら。汚ねえセーターなんか着てパッとしない。それでも男どもはいいとして、主要女性登場人物となるとダイアン・レインでもかなりオバサンっぽいメイク。メアリー・エリザベス・マストラントニオとなると、びっくりのスッピン、カサカサのメイクで色気ゼロ。

 映画の隅々まで多彩な実力派俳優が起用されているのだが、例えばヨットで遭難するカレン・アレン(「レイダース/失われたアーク」でのインディの恋人役が懐かしい)を見るまでもなく、雨風と波とムサい格好で誰が誰だかわからない。

 クルーニー船の物語が中心となるが、後半の嵐の場面には救助ヘリとか巡視挺とかの場面が唐突に出てきて相当の尺数をくうなど、かなりのバランスの悪さを見せる。まさに実話をベースにしているための押さえの部分みたいだが、ドラマとしての展開の妙味というか構成のうまさには欠けている。

 そして何より、主人公たちのなすすべのない全滅で終わるこのお話、災害パニック映画のようなカタルシスからは全く程遠い作品と言えるだろう。

 そう。今言ってきたように、面白くて楽しい映画となりそうな要素は大がかりなSFX以外何もないと言っていい。それを除けばゴツゴツとバカ正直で武骨な、ただやりきれなさが残る映画だ。

 ここで思い出したいのは、これがウォルフガング・ペーターゼンの監督作品だということだ。もちろん引き合いに出したいのは、彼の出世作「Uボート」。人間が海で遭遇する極限状況の恐怖を描いて、どこか今回の「パーフェクトストーム」は共通するものがあるはず。

 でも、この人のその後って、よくわからないんだよね。「ネバーエンディング・ストーリー」だろ? そして「ザ・シークレット・サービス」「アウトブレイク」「エアフォース・ワン」?…共通項はスケールと馬力のある娯楽大作というだけで、ほとんど作家性ゼロの人という感じ。それに、考えてみると「Uボート」前のこの人のドイツ時代の仕事ってほとんど知られていない。唯一僕が見ることのできた彼の作品は、ナスターシャ・キンスキー売り出し前の主演作「For Your Love Only」。これが学園エロサスペンスものってんだから、何をか言わんや。

 つまり、この人元々は何でもこなす職人監督で、たまたま「Uボート」は企画がハマった上に、本来の脚本がシリアスなものだったから、それがペーターゼンの作家性と誤解されて評価された可能性が高いと思ってたんだね。

 ところがねぇ、今回の「パーフェクトストーム」見て、またまたちょっと考え変わったよ。クルーニー船と救助ヘリや巡視挺がバランスもガッタガタに組み込まれた不器用な構成、どこか地味で汚い漁師の生活描写のリアルさ…そのあたりを含めて「海に生きる男たちへの賛歌」あるいは「鎮魂歌」となっているんだよね。そこが、またあの「Uボート」の世界をほうふつとさせるわけ。そういや、あれ以来のヒゲづらでムサい海の男どものドラマだよな。じゃあ、このへんがペーターゼンの「作家性」って訳?

 いや〜それはどうかな? でも、彼がいろいろハリウッドでやってみて、彼でなくてもいいような映画ばかりつくって自らのアイデンティティーを見失ったように感じた時、自分を世界に押し上げてくれた「たまたま」の傑作「Uボート」の奇跡をもう一度検証しつつ再現したいという気持ちは正直な話どこかにあったんじゃないだろうか。

 それが完璧に成功したかと言うと、やっぱりだいぶ「Uボート」に遠く及ばない感じが強い。例えばムサいながらもそれなりの器を感じさせたユルゲン・プロホノフの「Uボート」艦長に対して、こちらのクルーニー船長はヒゲのムサい顔という外見上のハマり方はともかく、その内面は全くと言っていいほど感じられないカラッポぶり。むしろ脇に回ったマーク・ウォルバーグの、意外な好演のほうが目についた。

 それでもここ数年のペーターゼンのハリウッドにおける仕事と比較して好感持てるのは、彼がかなり意識的に自らのアイデンティティーを自覚した上で、この題材を選んでいる形跡が見られるからだ。それは映画の終盤、死にのぞんでの主人公たちの姿だ。

 普通、アメリカ映画では主人公クラスは絶対絶命の状況化でも生き残ろうと努力する。ただ、この作品は実話であるから全滅は必至。ならば何らかのヒロイズムでうたい上げるのが常道であろう。だがペーターゼンはそうはしない。

 乗組員はみな淡々と死を見つめる。「息子が悲しむなぁ」とポツリとつぶやくライリー。他の連中も無言。

 そしてクルーニーに「僕たちがんばったよね」と無邪気に言うウォルバーグ。船外に出られるのにスッと身を引き、さりげなく船と運命を共にするクルーニー。その後で何とか洋上に逃れたウォルバーグも、愛する女を想いながら、巨大な波が自分に襲いかかってくるのをただ見つめるだけ。そこでは荒れ狂う果てしない大海原も、なぜか不思議に静かなたたずまいに見える。

 何ともやりきれない結末なのだが、そこにはハリウッド・エンターテインメントやアメリカ人の単純バカ陽気発想とは一線を画した何かが、間違いなく流れている。

 それは我々日本人の死に対する考え方にも似た、ある種達観したような淡々とした思いかもしれない。

 「パーフェクトストーム」…それはハリウッドご自慢のSFXやCG技術をふんだんに投入しながらも、ペーターゼンがハリウッド暮らしで見失いかけた何かに気づいて、その再発見を試みた壮大な「自分探し」映画ではないだろうか?

 

 

 

 

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