「シーズ・オール・ザット」

  She's All That

 (2000/07/17)


心の武装解除の難しさ

 人間は学習する生き物なんですよ、良くも悪くも。

 だから、一度ひどい目にあった経験を持つと、それが脳裏を離れなくなる。頭では忘れたつもりになっていても、体がそれを覚えてて防衛本能を働かせてるんだよね。

 そう、自分じゃ海外までノコノコ出かけてひどい目にあった事なんて、とっくに忘れた気になっている。その前にいろいろあった苦い思い出も、それだけの事と一笑に付しているつもりになっている。そりゃ「傷ついた」とは今でも思ってるけど、そう人前で平気で言えることが何より傷が癒えた証拠と思っているんだよね。

 でも、傷は予想外に深い場合も多い。特に自分が一番心をオープンにした時に起きたことは、当然のように自分の心の一番深い部分に到達してしまうみたい。忘れたふりをしたがるのは、それは自己防衛なんだろうね。とかく世間は弱ってる人間を袋だたきにしたがるから、弱みは見せたくないんだよ。池に落ちた犬は叩けって言うだろう?

 だから、その後どうするかというと、あの「アイアン・ジャイアント」みたいに自分を完全武装しちゃうわけ。あっ、自分に銃が向けられたとセンサーが関知したとたん、相手の何倍もの威力の武器で、草木も生えないくらい攻撃しちゃうわけ。それがおふざけだとか、玩具の銃だとか、そんなことはセンサーは関知しない。そして無防備な相手を徹底的に叩きのめして殺傷してしまう。その時は攻撃するマシーンの本能で動いていて、本来の意識も遠のいてしまうんだね。これはハッキリ言って病気だ。

 そういう人間は、同じにおいを持った相手を嗅ぎ分ける。実際のところ、そいつの持つ問題点も冷静にわかっている。それを指摘さえする。なのに自分のこととなると判断力が働かない。攻撃行動と認知すれば(それが本当に攻撃なのかも確認しないまま)、頭が真っ白になって迎撃を開始する。まるっきり理性が利かない。

 最近、自分が少しはまともになってきたと思った矢先、またまた一人第三次世界大戦(笑)をやらかしそうになったんで、ちょっと愕然としてる。僕よりは理性が働く人間が止めてくれたからいいようなものの…もっとも、未然に防げただけ快方に向かっていると言えるのかも。ただ、そんなトラウマは僕だけの専売特許じゃないところが厄介なんだけどね。

 どうやったら、こんなトラウマ地獄から脱出できるのか。それは、自分は本当はどうしたいのか…それを探し求める過程の中に解決の糸口が隠されているのかもしれない。

 今年一番の青春映画、「シーズ・オール・ザット」の中にあるように…。

 

人に心を開いたらイヤな目にあうことだってある

 主人公は…頭が良くてスポーツ万能、カッコよくて人望もあり、付き合ってる彼女はモテモテの学園のマドンナ(ジュディ・リン・オキーフ)という、イヤミなほどに完璧な学園のスター、フレディ・プリンツ・ジュニア。こんな奴が主役の映画でおもしろくなるのかって? まかせなって。

 彼はこうしたオールマイティーな優等生だから、いろいろな大学から入学のお誘いが。親父は親父で、息子を自分がすごした名門校のキャンパスで楽しく過ごさせたい…などと勝手に考えている。だが、肝心のプリンツ・ジュニアくんは自分がどうしたいのか実はわかっていない。だから、いまだにどこに進学するのか決めかねているんだね。贅沢な悩みだよ(笑)。でも、本当に自分が何をやりたいのかがわからない

 そんな彼に青天のへきれきが…恋人のリン・オキーフが旅先でテレビの若手スターと出会い、恋に落ちたと言うのだ。だからあなたとはこれっきり、でもプロムのクイーンにはなりたいから一緒にプロムに出てね…などと雪印乳業の社長みたいにどこまでも人をナメきった台詞を並べて平然としてるビッチ女…。

 さすがにショックのプリンツ。だって彼いつだってモテモテだったもんね。打たれ慣れてないんだよ。俺なんてドツボ状態ばっかりだったから、たまにうまくいくとそっちの方がオッカナビックリだよ(笑)。でもまぁ、何とか態勢立て直そうと力み入ってるもんだから、そこをダチのポール・ウォーカーの悪いそそのかしに乗せられてしまうんだね。

 な〜に、学園一のスターの俺様なら、隣にどんな女を持ってきてもピカピカに仕立て上げることができるさ…これはフラれた男の台詞じゃありません(笑)。

 これを実際にプリンツに実践させて、賭けにしようと言い出したウォーカー、どう考えても最初から悪意がムンムン。リン・オキーフのビッチ女といい、このウォーカーといい、プリンツくんの取り巻きってロクな奴がいません。もっとも、取り巻きって大体がそんなもんだけどネ。

 というわけでウォーカーが「この女なら」と選んできたのが、メガネかけてメクラで、ヘンに社会的メッセージ含んだ頭でっかち前衛アートつくってるレイチェル・リー・クック。うへ〜こいつだけはカンベンしてくれよ〜とプリンツ泣きを入れながら、賭けは賭けとウォーカーに押し切られて、シブシブ受けることになる。さぁ、ここらでノレるかノレないかで、あなたのこの映画への評価が決まっちゃいますね。だって、いくらメガネかけてクラ〜い表情しても、もうすでにリー・クック嬢はかなりチャーミングなんだもの。まして日本にはメガネ美少女を愛でる伝統があるでしょう。ネクラな連中がやってる美少女ゲームなんかには必ずいるんじゃない、メガネをかけた清純巨乳美少女キャラが。う〜汚らしい、寄るなブヨブヨしたオタクども!

 早速、プリンツくんはリー・クック嬢に声をかけるが、他の連中なら声をかけられただけでウハウハの学園スターなのに、彼女ときたら剣もホロロ。だって、彼女は男からチヤホヤされたことがないんだよ。ましてこんなモテモテ男からなんて。だから、何か悪い冗談としか思えないんだね。この気持ちは俺もよくわかる。この文章の冒頭に書いたように俺も過去が過去だから(笑)、女が一片の悪意もなく愛情をもって接してきても、どう受け止めていいかわからないんだね。何しろ異性がうまいこと言ってきたらロクなことにならないと、体験的教訓として身に染み着いてしまったものだから、すぐに「アイアン・ジャイアント」化してしまう(笑)。慣れるまでは相手を傷つけないようにするのが精一杯。素直になれって簡単に言っても難しいんですよ。

 しかし、そこを負けずに押し切ったプリンツは、初デートとして彼女が何だか関わっている芝居を観に行くことにする。

 しかしこれがかなりアングラな前衛芝居で、そこに環境保護だとかメッセージがベタベタくっついた妙なシロモノ。しかも、リー・クック嬢がそこで訳わかんないパフォーマンスやってるから、プリンツくんは二度びっくり。さらに、彼女の友だちということで舞台に上げられたプリンツは、仕方なくたまたま持っていたお手玉を使って即席パフォーマンスを行い大ウケ…というか、本人は元々そんな気じゃなかったんだけど、いつの間にかパフォーマンスらしくなっていっちゃったんだね。しかも、やっている本人も意外と自分が解放されていくような新たな発見や感動があったから正直驚いた。

 で、そんな興奮さめやらぬ帰り道、調子に乗ってリー・クック嬢を口説いてみるプリンツだが、またしても過剰反応で反発されてしまう。う〜もう、面倒くせえ女だな(笑)。

 …でも、そのちょっと面倒くさいってとこが、実は人づきあいの面白さなんだよね。もちろんプリンツ君はそれを知っている。彼女の自宅に押しかけると、そこには妻を亡くして以来男手ひとつで子供たちを育てながら、プール清掃業を営んできたケビン・ポラックのパパと、ちょっとイジメられっ子気味の弟キーラン・カルキン(あのムカつくマコーレーの弟)がいた。早速キーランを味方につけたプリンツは、シブる彼女を無理やりビーチに誘うんだね。でも、そこにプリンツのお仲間たちがやってくるから、一瞬イヤな予感。案の定、最初は冷たい視線を浴びるリー・クックだが、服を脱いで水着になったらすごい

 出るとこ出てるんだよ。

 スクール水着だけに、なおさらエッチ。

 まるでおっとり上品な彼女が二人きりになったら情熱的…ってのと同じように、衝撃度が大、かつうれしさも2倍3倍。プリンツくんもノックアウト。海パンも横チンはみ出し。アソコが「アイアン・ジャイアント」って感じ(笑)。周囲の人々も彼女を徐々に認めはじめ(現金な奴らだな)、いっしょにビーチバレーなどやっているうちに、リー・クック嬢も楽しそうではないか。プリンツは海パンにジャイアントなナニがこすれて痛そうだけど。ズルむけると海水もしみるしね(笑)。

 夕方にビーチを引き上げる頃には、仲間うちのパーティーに誘われるまでに打ち解けるリー・クック嬢。だけど、また固辞するんだねぇ。ガードが固いなぁ。

 彼女はママを亡くしてからというもの、自らの気持ちを殺してしまおうとした女の子。傷つくまい弱音を吐くまいと思いつめた彼女は、だから作品も何だか頭でっかちで、自分やハートがこもっていないと美術部の先生には酷評されてしまう。それが心を開くまでには、そりゃあ本来は中国四千年並みの時の流れが必要なんだよね。

 そこを、おマセな自分の妹(何とオスカー受賞のアンナ・パキン!)まで総動員の人脈&押しの一手で迫るプリンツ。無茶を承知で妹パキンにリー・クックのメイクをまかせて、ドレスを着せたら…さぁ大変!

 メガネ少女がメガネをとったら…なんて話はよくあるけれど、スローモーションでリー・クックが階段を降りてくるシーンは、やはりわかっていてもうれしくなる映画ファンにとっての至福の瞬間だ。もちろんプリンツくんのハートもわしづかみ。

 パーティー会場でも彼女の存在は注目の的。これが実質的な彼女のデビューとなるわけ。しかし運悪く性悪ゲス女リン・オキーフがここに登場、リー・クック嬢にイヤがらせのし放題となった。たまらず会場を後にして飛び出すリー・クック。来るんじゃなかったと悔やみボヤきまくる彼女に、しかしプリンツは静かに一言言うんだね。

 「人間が人に心を開いたら、イヤな目にあうことだってあるさ」

 そう…頑なな態度をちょっと緩めた瞬間から、ありがたくない事や自分の意に沿わない事も、いろいろやられたり言われたり書かれたりするかもしれない。でも、だからと言ってこれからずっといちいち神経過敏に反応するのか、そして再びカラにこもるのか。…君が傷ついてきたことはわかる。でも、いつまでそれを続ける気なんだい。

 しかし、この俺も同じとこ突かれると、どっかの誰かさんのことを偉そうに指摘してる場合じゃなくなるんだよね、正直なところ。お恥ずかしい話です。

 

自分にしみついたトラウマから逃れるために 

 衝撃のデビュー以来、リー・クック嬢の株は赤丸つき急上昇。プロム・クイーンの有望株としてマークされるが、こりゃあ尻軽リン・オキーフの素行の悪さも災いしてるんだけどね。

 今やリー・クック嬢にメロメロのプリンツ君、しかし彼女に、自分が何をやりたいのか、何になりたいのか決められないなんて…と指摘され、図星だけにビビる。そう言う彼女自身、実際の自分の弱さの原点から目をそむけてきたことに気付かされ心揺れ動く。

 そんな二人の想いをよそに、学園のスター転落を目論むウォーカーの思惑とか、テレビスターに捨てられプリンツを取り戻そうとするゲス女リン・オキーフのてめえ勝手だとか…まぁこの二人の回りにはアフリカの軍事独裁国家なみに地雷が埋り放題。第一そもそもの始まりがあの愚にもつかない賭けだったというだけで、ヤバい予感がするではないか。さぁ、二人の恋の運命やいかに?

 ご覧の通り典型的青春映画なんですよ。だけど、すべてがとにかくツボにハマって小気味いいくらい。

 主役級の若手スターがみんな生きいきして、これまたいいんですよ。だけど、さらにいいのは脇を固める役者たち…リー・クックのパパ役の名脇役ケビン・ポラックが、作品の要所要所、おいしいところをさらって実にいいんです。「プリティ・イン・ピンク」でのモリー・リングウォルドの父親役ハリー・ディーン・スタントン(!…だったんです!)以来のおいしさ。そして、これは「サイダーハウス・ルール」の感想文でも同様に触れたいけど、キーラン・カルキンの意外な成長ぶり。彼はこれからいいセンいくんじゃないの?と思わせる「小さな名優」ぶりだ。そして「小さな名優」と言えばアンナ・パキン。小さな役でもビリングでは特別扱いで、さすがオスカー女優の貫祿と言いたいところだが、今回異様にケバいメイクで出てきたのでちょっと心配。ドリュー・バリモアの二の舞いにならなければいいのだが。

 それにしても、自分にしみついた汚れみたいなトラウマから、人はどうやったら逃れることができるんだろう? そして、そのトラウマによって自分が「アイアン・ジャイアント」化してしまうことから…。何かと言うとトラウマ、トラウマ…と、それのせいにばっかりしてる自分も情けないんだけど。人によって、その解消法はいろいろあるんだろうね。小さな事は気にしないと自らに言い聞かせることもあるだろうし…。「アイアン・ジャイアント」だって「なりたいものになれた」んだ(笑)。自分だって、もうちょっとはマシになることができるんじゃないか?

 だから、僕もこの「シーズ・オール・ザット」の二人がお互いの傷を指摘したように、自分と他人を見つめることから始めるべきなんだろう。

 傷ついてるのは自分だけじゃないんだ…ってね。

 

 

 

 to : Review 2000

 

 to : Classics Index

  

 to : HOME