「エドtv」

  Ed TV

 (2000/06/26)


「公人」になるということ

 さて、このサイトに頻繁に足を運ばれていらっしゃる方なら、僕の映画館主・Fというハンドルネームだけでなく、本名が夫馬信一という名であることも当然おわかりでしょうね。そりゃそうだ、アクセスしたらいきなり出てくるんだから。

 まぁ、最初から自分の言いたいこと言うサイトということで始めたんだけど、サイト立ち上げる際に、匿名でガンガン批判したり文句言ったりってちょっと卑怯じゃないかって思ってね。で、逃げも隠れもしないよ…ということを表わすために、本名をどんと載せたわけ。最初はヤバいんじゃないかと思ったけど。

 このサイトを隅々まで見れば、生まれたのが1959年だということ、その他にもいろいろなことがわかると思うよ。おそらく来る頻度が高い人は、もうかなり僕の実像に接近してるはず。もう、ただ会ってないだけって人もいるかも。実際に会ってる人より、僕のこと知ってるかもしれないよね。だって僕の場合、サイト上のしかるべき場所だけでなく、映画感想文などの上にいろいろな私的情報を掲載しているから。やれ大学の時にナンパしただの、以前勤めていた会社でひどい目にあっただの…そのうち自分の初体験についてまで書くんじゃないかと思ってた人いるみたいだけど、さすがにそれはちょっと…(笑)。

 考えてみれば、こうした個人的な要素を知らせてしまうのは不用心なんだけどね。でも正直言ってそれ見せたからって、俺にとってはどうってことないよ。誰も俺のパーソナルデータなんて関心ないだろ?

 ただ、僕が自分にまつわるいろいろなエピソードを紹介する際に、自分が関わっている人間、自分の周囲にいる人間のことまで書いてしまうということについては考えてなかった。古くからの友人、仕事上の知人、自分の両親、昔付き合った女…う〜ん。で、これが困りもののタネになるわけ。

 もちろん自分なりにここまでは書いてよくて、ここからよくない…って線引きはしてるつもりだけど、人の持っている基準やモノサシなんて、千差万別でアテにならない。だから、自分じゃここまでは大丈夫だろうと思ってると、文章中で引き合いに出された人間から抗議の声が上がったりすることもある。書いた本人にはわからないところがあるんだよ。

 最初、僕は人が何でそんなことに敏感になるのかわからなかった。僕は自分のこと載せても平気だったからね。何をガタガタ言ってるんだと大して気にもとめなかった。そこで書いたことも、自分としては大したことだと思わなかったからね。

 そんな訳で、ケンカとまでいかなかったけど、人とちょっとした諍いになったこともあったんだよ。僕も面倒くさくなって、ちょっとイライラしちゃったからね。ネット上の人間ってある意味で「公人」なんだから仕方ない…とか、訳わかんないことを言ったことも(笑)。今思えば僕はその人の言っていた意味がわかってなかったんだねぇ。

 確かに我々はある種の「公人」かもしれないが、僕はそれを覚悟してやっているからいい。でも、心ならずも僕に関わることで、無理やり「公人」にされちまった人間の気持ちってどうなのか?…僕はちっともそれに気付かなかったんだねぇ。自分が会ったこともないし存在を知ってもいない日本全国の多くの人間たちが、自分のことについて知っていたら? それは、確かに相当気持ち悪いかもしれないし、傷つくこともあるかも。当然考えてあげなくちゃならないことだった。でも、なかなか実感としてわからなかったんだよ。鈍感なこの俺。

 という訳で、最初僕はその意味がよく分かってなかったのだが、ある映画を見てそれにフト思い当たるフシがあったんだね。なるほど、あいつが言いたかったのはこういう事だったのか?

 ロン・ハワード最新作「エドtv」を見て、思ったのはそんなことだった。

 

最初はハシャいでたんだけど

 有料テレビ「トゥルーTV」の売りはリアルな現実…まぁ、今時のご時勢、フィクションなんざより、よっぽど現実の方がすごい。何たって中学生が同級生から5500万円を恐喝しちゃうんだからね。恐喝するほうもするほうなら、それを払えるほうもすごい。当然、脅し取ったガキどもからは、ジーコのサッカースクール応援してる「ほのぼの」ナントカみたいに10倍20倍の高利貸並みの利子付けてボッたくらなくちゃ話にならない。でもそんなものじゃ足りないね。俺に言わせればあいつら死刑だよ。中学生の分際で10万円の高級フーゾクに行った? そんなもん大人の俺だって行ったことないよ。ガキのくせに…もう絶対に死刑だ(笑)! それより何より、そうした高級フーゾク店をハシゴした…ハシゴできたってことが許せん(笑)。今の俺じゃあ例え5000万あっても1億あっても、肝心のカラダがいうこときかないんだよ。やっぱりこのガキども、ナニをチョン切るとか何とか、とにかく極刑に値するぜ(笑)。

 まぁ、話を戻すと…そうは言ってもそうそう現実の素材で面白いものもなく、開局まもなくして「トゥルーTV」は存続の危機に直面することになる。そこで起死回生の一策として考え出されたのが、24時間ぶっ通しで一人の人間の日常を生中継で追い続けるという、正真正銘のドキュメント番組。果たしてこんなものがウケるのか? 局のおエライさんロブ・ライナーは首をかしげるものの、さりとて局の命運を浮上させるにいい手だては何もない。企画した女プロデューサーのエレン・デジェネアスは自信満々でタンカを切ったものの、実際どれほど勝算あるかわかったもんじゃない。第一、どんな人間が四六時中追うに値する人間だっていうんだ? いや、別に大した人間である必要はない。むしろちっぽけな方がいい。やがて見つけだされたその男とは…プアホワイトの典型。貧しく品もなく無教養、何の取り柄も技術もない貸ビデオ屋のしがない店員エド=マシュー・マコノヒー。かくして前代未聞のライブ番組「エドTV」は始まった。

 さて肝心の番組始まってみると、彼の生活の隅々までカメラが入り込んできた。テレビクルーが一日中ベッタリ張り付き、車にも小型カメラがすえ付けられた完全なプライバシー・ゼロ状態。だがサエない男エドにとって、別にプライバシーなんて上等な代物は、あってもないがごときものだった。初日の朝、目覚めてボンヤリした頭の中、思わず股間をボリボリやってしまったのを全国放送されてしまったことを除けば、別にオンエアされて困ることもなし、テレビに出られて有名人気分できわめてご機嫌だったのだ。単純だねぇこいつ。ハッキリ言ってバカ。

 こいつの周囲の人間もパッとしないアホばかりで、デリカシーがゼロの兄ウディ・ハレルソン、下品な母サリー・カークランド、母の2番目の夫マーティン・ランドーなどロクでもない人々。兄のハレルソンは最近恋人ジェンナ・エルフマンができて絶好調だが、どうも下品でデリカシーなしのハレルソンだとこの関係の行く末もミエミエという感じ。今までの男運の悪さを嘆いてボヤいていたエルフマン、どうも今回もイヤ〜な予感が…。ともかく急にテレビ中継されて有名人になったことをハシャギにハシャいで少々見苦しくもあるエド=マコノヒー一家ではあった。

 しかしねぇ、好事魔多し。いかにニブいエド一家とあっても、毎日毎日のテレビ中継のうちにはホコロビも見えてくる。まず最初に馬脚を示したのが兄貴のハレルソン。即席テレビスターになってベッドに女を引っぱり込んだのを全国に生中継されてしまったため、恋人ジェンナ・エルフマンはカンカン。彼女をなだめに行かされるエド=マコノヒーだが、怒り嘆く彼女の健気な姿を見つめるうちに、今まで隠していた感情があらわになっていく…「俺もホントは前から君が好きだった」。

 思わずキスする二人を、テレビカメラが冷徹に見据えていたのは言うまでもない。

 

人間の悲しき習性とは?

 誰かが誰かとデキている、あいつがこいつをヤッちゃった、あの人の家庭環境は実はこうだ…他人の私生活を覗くってのは楽しいんですよ。また、それを人にバラすのも面白いわけ。聞くのはもっと好き。人間ってのはそういう動物なんだよね。

 だから、どんな人間の集団でもちょっと親しくなって、お互いカミシモ取り始める頃になると自然とそういったお話が出てくる。「ここだけの話だけどね」という枕詞を必ず付けた上でね。

 これは学校でも職場でも、人の集まる場なら自然とこうなっていくんだよ。で、「ここだけの話」の輪が広がっていく。大体、その場にいない奴の話になっていくんだけど、いつもどの場面にも存在できる人間なんてありえないから、誰もがどこかで話のサカナにされているってわけ。それから逃れられる人はいない。誰がしゃべっているかわからない。事実ばかりが話されているとも限らない。あなたは特定の人にしかバラしてないつもりがみんな知っているなんて事はザラだし、人の話を広めているつもりで、実は自分の話だったなんてこともよくある事。因果は巡るってわけ。あぁ…ウンザリするよ、まったく。そんな時ほど、フト心を許して自分のプライベートを話してしまったことを後悔せずにいられない。ごめん、話した俺がバカだった。

 で、エド=マコノヒー一家も、これを境にボロボロと隠してきた事実を画面にさらすこととなる。ところが、それと機を同じくして、視聴率の方もウナギ上りとなっていくのだよね。人間って正直だ。

 一方、兄貴と険悪になりながらも、エド=マコノヒーはエルフマンと恋仲になってゴキゲン。番組も絶好調。人の色恋沙汰ほど、傍で見聞きしていて面白いネタはないからね。

 でもねぇ、最初は幸せに有頂天だったエルフマン嬢も、単に一人のありふれた男を愛したつもりが、実際には自分も「公人」にさせられて、いつの間にか世間の厳しいまなざし、好奇の目にさらされているのに気付いていく。そんなはずではなかったのに。私はただ一人の男を愛して、世間の普通の男女のようにありふれた恋に落ちただけに過ぎなかったのに…。

 しかしエド=マコノヒーはすでに「公人」慣れというか「公人」ボケしていて、エルフマン嬢が何を思い悩んでいるのか見当もつかないのであった。まぁ、元々それほどの脳ミソがこの男にあったかどうかも怪しいけどね。ただただ、自分の女を世間に自慢したいだけの大バカ男。そうそう、みんな俺が悪かった…。

 でも、恋人どうしの時間を全部レポートされてはたまらないだろう。実況中継どころか毎週毎週だって耐え難いのに。こいつが行く先々にテレビカメラがついて行くってことは、彼女はテレビ抜きに彼との関係を考えることができないってことになる。ついに耐えられなくなった彼女は不満をブチまけ、エド=マコノヒーの元から去っていく。いいぞ、エド! あんなパッとしない女、視聴者はみんなあまり気に入ってなかったんだ。

 本気か、エドよ。おまえはそれでいいのか?

 エドと彼女の物語は、その後紆余曲折を経て意外な方向へ向かう。テレビが彼の人生を追うのではなく、テレビによって彼の人生が変えられていることに気づいたエド=マコノヒーは番組から降りることを決意。しかし、その時点で初めて、自分が好きに番組から降りられない契約になっていることを知る。ついにキレたエドは、目には目を、テレビにはテレビを…で反撃を開始するのだった…。

 キャストはこの他にもデニス・ホッパーやエリザベス・ハーレーなど豪華絢爛。でも、アメリカではこの映画、「トゥルーマン・ショー」と同傾列のお話と片づけられ、コケてしまったらしい。でも、ロン・ハワードのこっちの作品のほうが、わざとらしいジム・キャリーの映画より好きだけどね。底の浅い風刺劇みたいにあまり作り込まなかったのがよかったんじゃないか。この話も最初どうなるんだと思わせて、まるで「インサイダー」終盤みたいに主人公に反撃させて、カタルシスをキッチリつくるあたり、アメリカ映画の良質な部分は健在だ。

 そしてラストでは、テレビに勝利したエド=マコノヒーと恋人のエルフマンは扉を閉めて部屋に閉じこもる。そう…だってもう「公人」なんかじゃないからね

 恋人たちの時間は、いつだって「私人」のものなのだから。

 

 

 

 

 to : Review 2000

 

 to : Classics Index

  

 to : HOME