「インサイダー」

  The Insider

 (2000/06/05)


ただの虫ケラ、若僧と侮るなかれ

 まだ20代の若い頃、輸送関係の業界紙でうだつの上がらない航空関係の取材記者をやっていたある日、記者クラブの代表をやっていた記者の人から「一緒に仕事をしないか」と言われたときは感激だったなぁ。何せ大ベテランで尊敬してたし業界にも顔がきく。そんな人から駆け出しペーペーの僕なんかが名指しされるなんてと大喜びした。若かったんだね。

 仕事というのはある航空会社の月刊PR誌をつくる仕事で、そのPR誌を発行している小さい会社に引っぱられたベテラン氏が「俺についてこい」みたいに言ってくれたんだ。そりゃあシケた業界紙会社にさっさと辞表出して仕事移ったよ。

 ところが実際入ってみると、いいことばかりじゃないってすぐ気付いた。このPR誌つくる会社ってオバサン社長にベテラン氏と僕にお手伝いのパートの女性2〜3人という布陣だが、何しろこのオバサンが強欲で口うるさくてケチ。僕らと女社長はすぐに険悪な関係になった。特にベテラン氏はこの女社長の悪口をクライアント先である航空会社のお偉いさんたちの前で公言。そのうち誰かがベテラン氏に悪いことささやいたんだなぁ…君が独立して、このPR誌を横取りしちまえよ…って。

 僕らが移籍して1年くらいしてから、その乗っ取り劇は静かに進行していったんだね。僕は何となく知ってはいたが、どうすればいいかわからず悶々としていた。そんなある日、ベテラン氏が僕にこう言った。「俺は独立するけど、おまえどうするの?」

 ベテラン氏の独立プランからは僕はすっかりはずされていたのだった。しかも追い打ちをかけるように、おまえに声をかけたのは腕を買ったのではなく、言うことをきくと思ったからだとまで言われた。どうしても連れていってもらいたいなら、ベテラン氏にちゃんと忠誠を誓え…とも。

 確かに大したことのないペーペーの僕だったけど、完全にプライドを踏みにじられたこの一言にはキレた。あいまいな返事をベテラン氏に返すと、翌日から誰にも知られないように静かに行動した。物事の決定はトップの偉い奴らかもしれないが、仕事を実際やっているのは若手の気心の知れる連中だ。僕はクライアントである航空会社の直接担当者の面々に、自分の事情をぶちまけて協力を求めた。それは、自分の転職先が決まるまではPR誌の仕事をベテラン氏の新会社に移行させないよう何とか食い止めてくれというもの。日頃彼等の無理を聞いていてよかった。若い奴はやっぱり若い奴だ。みんな僕の味方をしてくれた。ベテラン氏はなんで事がスムーズに進まなくなったのか不思議がってたが、僕はその間必死に次の職場を探していた。

 僕がやっと新しい仕事を見つけてベテラン氏に決別を言い渡したときのことを、僕は一生忘れはしない。この虫ケラが俺に楯突こうと言うのか?…と言いたげなあの表情。それからベテラン氏は、「クライアントには以前と同じスタッフが仕事に当たる」と言ってしまったのにと僕をなじった。ここへきて新メンバーを探さなければならないベテラン氏は慌てていたんだな。今さら僕が勘定に入ってるなんて言われても…。要するにベテラン氏は僕を脅して、新会社での僕の給料を抑えたいと思っていたらしいのだ。バカな奴。人をあまりにもコケにしたからだ。

 それよりも僕には、このベテラン氏に賛同できない一点があった。確かに今の会社の女社長は強欲でイヤなババアだ。だけど、そこから黙って仕事をさらっていくなんて、誰が何と言おうと汚い手口ではないか。それは俺の流儀じゃない。俺はただの虫ケラか若僧かもしれないが、例え誰を相手にしてもそんなことやりたくない。だから、この男に手を貸したくなかったんだな。

 この時の経験で、僕はもうノホホンとお人よしでいることをやめた。男には戦わなければならない時があると痛感したんだよね。だけど、こんなちっぽけな戦いでも、僕にとっては全精力傾けての大勝負だった。疲れたよ。

 まして「インサイダー」のこの人たちみたいに、自分たちのポリシーが歪められて、なおかつ身の危険を感じるような巨大なプレッシャーがあったなら、一体どれほどの葛藤があるんだろうかねぇ…。

 

調子に乗ってあんまり男をナメるなよ

 冒頭は中東の某国。ヤバい橋まで渡りながらも要人の取材のアポをやっとのことで取るテレビ・プロデューサー…それが今回のアル・パチーノの役柄。彼はCBSテレビの看板報道番組「60ミニッツ」の裏方として、持ち前のジャーナリストとしての猟犬のような勘で、ニュースソースを嗅ぎ回っている。ちなみに、この「60ミニッツ」は、日本では「CBSドキュメント」として、TBS=毎日放送系列で深夜にダイジェストされて放送している。内容はさまざまながら、なかなか硬派の番組だ。だからって、日本版番組のホストを務めるピーター・バラカンまで何だか偉そうってのは、なぜかよくわからないな。

 一方、アメリカ国内には気が弱そうなオッサンが一人。今まさにクビになりたての、タバコ会社の研究開発副社長ラッセル・クロウ。何だかオドオドしてるのは、会社からドサクサに紛れていろいろ資料を持ち出してきてるから。郊外の住宅地には立派なおウチ。ヨメさんにクビになったことを告げたら、「明日からどうするのよ」と責められて言葉も返せずうつむく一方。ヨメさんになじられても開き直ってお皿を割った「アメリカン・ビューティー」のケビン・スペイシーとはえらい違いの気弱なオッサンだ。それでも今回のクビに至る一件には納得しかねることがある。資料を盗み出してきたのもそこに理由があって、クロウ氏はこの資料をCBSに送り付けるわけ。それに食いついたのが、例のニュースの猟犬パチーノ。

 いや〜食いついてきました。電話にファックス、しつこいしつこい。このしつっこさは、僕といい勝負だよね。

 やがてパチーノは何とかクロウを引っぱり出すことに成功するが、それでも彼はすべてをブチまける気にはならない。わかったのはタバコは無害だと平気な顔して証言してるタバコ会社のトップ連中が揃いも揃って、日本の警察幹部並みのウソつきだということだった。しかし、協力するしないについては明言を避けるクロウ。なぜなら、彼はクビにされたタバコ会社に守秘義務がある。例えばモーニング娘を脱退した奴だって、ひょっとしたら、つんくがメンバーの誰と誰を食っちゃったかをマスコミにしゃべらないよう事務所からクギ刺されてるんじゃないの? そう言えばメンバーの誰かのお姉さんがヘルスで働いているってウワサあったよね(笑)? 失礼失礼、話が脱線。…クロウの場合、会社の秘密を守るかわり病気の娘のために医療手当を受けられる…という取り決めとなっていた。だから、正直言ってその守秘義務の枠を破ってまで話す気はないクロウだったのだ。

 ところがある日、そんなクロウが自分をクビにした会社に呼び出されてみると、会社側はクロウにいろいろ脅しをチラつかせながら、守秘義務をさらに強化したいなどと言い出す。これが言わずもがなというか、言ってはならない一言だった。クビにされた上に脅され、屈辱的な誓約をさせられる…これ以上自分のプライドを傷つけられるなんて。せっかく守秘義務を守る気になっていたクロウも、これには不快感を露にせざるを得なかった。タバコ会社はこの時点で、あまりにも相手を見くびりすぎた。クロウはおとなしく引き下がるつもりだったのにブチッとキレて、会社の申し出を蹴った。いくら気の弱いクロウと言えども、ちっぽけな男にもそれなりの意地がある。そう、信義もポリシーもあるんだ。そして会社がこんなことを言ってきたのは、パチーノが自分と接触したことを漏らしたのに違いないと、電話で怒りをぶちまけた。

 一方、驚いたパチーノはクロウの家まで駆けつけ、自分は一言だって漏らしていないとわめいた。それは、クロウを自分の番組に出すために機嫌を直してもらいたいからでも、自分サイドから情報提供者がバレる不手際はなかったと単に事実を伝えるためでもなかった。

 俺は断じて情報提供者を裏切ったりしないぞ!

 これはパチーノの信義でありポリシーだ。唯一最大の彼の誇りだ。番組がどうのという問題ではなかった。だから、そこんところを誤解されたらパチーノも黙ってられない。

 朝っぱらからツバ飛ばされて大声出されたクロウも、これにはつい心動かされた。二人で車の中にこもってあれこれ語り合ううちに、クロウはパチーノを信頼してみてもいいかという気になってきた。もともと健康産業出身で収入の良さでタバコ会社に入ったクロウも、その実態に意義を唱えるうちに組織からハミ出してクビになったのではないか。正しいことをしたいという気は十分過ぎるほどあったんだね。

 そんなうちに「60ミニッツ」出演の話に平行してタバコは無害だと証言した会社幹部たちを糾弾する公聴会の証人として指名されたりするが、いろいろ不気味な影が彼や家族をつけ狙い、ヨメさんはキーキー、ブーブー言い出す。CBSは彼の家に屈強なボディガードを配置するが、確かに「ロミオ・マスト・ダイ」でアリーヤちゃんについた奴よりは頼りになりそう(笑)だけど、おかげで家族のプライバシーなんてカケラもなくなる。もうボロボロ。

 収録されたクロウのインタビューは出来も最高で、社内ではウケにウケた。だけど、心労ため込んでクタクタになった末に、クロウが家に帰ったらヨメさん子供連れて実家に帰っちゃった。それにしても、男がいて欲しいと思う時ほど女っていなくなる気がするんだけど、どうしてなんだろね?

 ところがタバコ会社の巻き返しが始まって、CBSはビビッた。パチーノは例によってツバ巻散らして応戦するが、今度ばかりは人気キャスターのマイク・ウォーレス(クリストファー・プラマーが似てないけど感じ出してます。)を初め、仲間たちですらパチーノの味方をしない。あげく番組はボツ、孤立したパチーノは番組をはずされ無理やり休暇を取らされる。でも、それはまだマシな方。そのくらいのことなら、「リーサル・ウェポン」のメル・ギブソンとダニー・グローバーあたりなら慣れっこ。あいつらシリーズ全作で休暇とらされてるんじゃない(笑)?

 ところがクロウのほうは酷かった。いろいろ悪口あることないこと暴き立てられ、マスコミでバンバン暴露されるハメになっていたのだ。家にいられずホテルに籠り、半分廃人みたいに放心状態になったクロウに、パチーノがしっかりしろと叱咤激励の電話を入れるが、これいかがなもんだろう

 かたやクロウは身の危険を覚え、家庭は崩壊、名誉もプライドも粉々という有様。それでも身を挺して証言したのに肝心の番組はボツとは、俺は一体何のために全てを犠牲にしたのかと頭ん中真っ白にもなろうというもの。それに対して電話の向こうのパチーノときたら、番組制作者としての実権は奪われたものの、形の上ではヨメさんと優雅に南の島でバカンスという結構なご身分。身の危険にふるえるわけでも、屈辱に身悶えするわけでもない。痛くもかゆくもない立場で、涼しい顔をしているだけではないか。これでいいのか。らしくないんじゃないのかパチーノ! あんた、泣く子も黙るドン・コルレオーネじゃないのか。「ゴッドファーザー愛のテーマ」をクラクションで鳴らしてる暴走族が聞いたら泣くぜ!

 でもねぇ、さすがパチーノだなぁ。やってくれるんですよ。

 

わめけ、ツバを飛ばせパチーノ!

 パチーノはCBS内部で起きた番組ボツの圧力について、ニューヨークタイムズに暴露するんだね。今度は自分がインサイダー=内部告発者になるわけ。クロウに今までさんざ危ない橋渡らせたんだからな、まかせろ、俺だってケツまくってやるぜ! こうこなくっちゃパチーノ!

 「カリートの道」で、自分の為にならないと分かっていながら、恩のある男への義理立てして身を滅ぼした彼が帰ってきた。「スカーフェイス」以来パチーノ十八番の、「ファック!ファック!」とわめきながらツバ飛ばしまくるパフォーマンスがこのへんから全開バリバリ。もう、うれしくって彼のファンなら小躍りしちゃう。パチーノの口から飛び出す下品な罵詈雑言のマシンガン・トークってホントに最高だねぇ(笑)。それまでのラッセル・クロウがウジウジと苛められまくる重苦しいムードを一瞬にして打破。「スカーフェイス」エンディングで、南米のチンピラ連中にショットガンやマシンガンでバリバリ弾丸撃ち込まれているのに、「そんなヘナチョコ弾で俺を殺せると思ってるのか、このボケ! 俺はトニー・モンタナさまだ〜!」と大威張りで仁王立ちというナンセンスかつ豪快なシーンが蘇ってくるんだね。

 俺は情報提供者を裏切ったりしないぞ!

 今度は自らインサイダーとして、自分を敵の弾丸が飛んでくる的にして戦うパチーノは、もはや損得でやっているんじゃない。自分の信義、ポリシーの問題として戦っているんだ。勝つか負けるかはもはや問題ではなくなっているんだね。タバコが有害かどうか、タバコ会社の幹部たちがいい奴か悪い奴かどうか、自分がつくった番組が放映できるかどうかも、すでにそこではどうでもよくなってる。

 そう、損得じゃない。いい悪いじゃない。自分が納得できるかどうかが問題だ。

 監督のマイケル・マンって、みなさんにはどんな作品で知られているだろう? テレビの「マイアミバイス」か、それともド派手な銃撃戦シーンを「シュリ」にパクられた「ヒート」かな? でも、僕にとってマイケル・マンって、何より彼のデビュー作「真夜中のアウトロー/ザ・クラッカー」で記憶に残る映画作家なんだね。ここで主役のジェームズ・カーンが演じるのは、何より自分の流儀を重んじる金庫破り。ラスト、例え自分の人生は破滅しても自分のスジ通すために地獄へまっしぐら。これに僕はシビレてねぇ。

 人は、どんなつまんない奴でも一応何かポリシーってものを持ってるんじゃないかと思うんだよ。それは、本当に下らないことかもしれなくて、カレーライスを食べる時には必ずラッキョを付けるとかそんなことかもしれない(笑)。それでもそのポリシーっていうのは、その人をその人たらしめているものなんだからね。本人にとっては大切なことなんだ。

 実は僕もずっと自分のポリシーのためなら、例え損になっても構わないなんて考えていたこともあるんだよ。勝負は勝ち負けじゃないって。負けっぷりの良さなら誰にも負けないつもりでいた。それが僕の精一杯のダンディズムかな(笑)。でも、最近ちょっと気が変わって、自分の人生惜しくなってきたけどね。長生きしたくなってきたんだよな、だって生きていればいい事だって起きるから(笑)。

 それはさておき、ポリシーってやつは自分に対するルールだ。そして時には自分と…そう、おテントウ様との約束っていうやつかもしれない。ちょっと大げさにいえば「神との契約」だ。タルコフスキーの「サクリファイス」で、社会的地位もある主人公が神と約束したばっかりに、自分の家に火をつけてクルクルパー扱いで病院に連れて行かれちゃうエンディング。あれも考えようによっては東映仁侠映画みたいな結末だよね。神との義理をとった男のお話。目先の損得じゃない重たい約束だ。だから、それは法律なんかより重い。もっとも最近の愚劣な少年犯罪なんか見てると、ないほうがいい法律のほうが多い感じだよね。

 そうそう、最後に冒頭に挙げたPR誌と、独立したベテラン氏のてんまつをちょっとだけ述べておこう。独立後2〜3年してからバブルは完全に崩壊。最終的にクライアントの航空会社は年間500億円からの大赤字を出すに至った。当然そこに出入りする業者にもトバッチリがいって、例のPR誌は16ページ/カラー4色だったものが4ページ/2色に大幅にボリュームダウン。さらに最終的には廃刊となり完全に姿を消した。そして同時に、独立したベテラン氏の消息も跡絶えた。

 忘れるなよ。ナメちゃいけない、例えどんなちっぽけな奴のポリシーでも。

 

 

 

 to : Review 2000

 

 to : Classics Index

  

 to : HOME