「サマー・オブ・サム」

  Summer of Sam

 (2000/05/22)


人間集団が抱え込んでいる「負のパワー」

 1995年の夏は暑い夏だった。僕はそれまで長く勤めていた会社を辞めて、職探しに奔走していた。幸いこの年は極端に雨の少ない年で、農家の人たちはいい迷惑だったかもしれないが、仕事を探して外をウロウロ歩き回っていた僕にとって天気は数少ない味方だった。

 かなり長い年月在籍し、社内の事情も精通し、割と安定したポジションにもいた会社を捨ててあてもなくフラフラするというのは、今考えてみれば暴挙としか言いようがない。ただその時点では、自分としては外の世界も見てみたいという大義名文があった。だが辞めた一番の理由は、僕がその会社に迎えられた時の職場のいい雰囲気、何か面白いものを創ろうとする空気が、完全に消失してしまったということじゃなかったろうか。

 実際、風の便りに聞く限りにおいては、現在その職場はもはや草木も生えないようなムードにまで荒廃してしまったようで、その点では僕の見通しは正しかったわけだ。しかし、その代わり僕のほうも、あのかつての僕を温かく迎えてくれたような自由な気風には、いまだ巡り会えていない気もするのだが。

 そうなってしまった発端には何があったのかと言えば、確かにバブル後の不景気とか不幸な巡りあわせもあったのだろうが、ほんの些細なこと…ある女のデザイナーをその職場が採用したというのが、そもそもの始まりだったと今でも思う。

 確かにこの女デザイナー、最初からちょっと気難しいところがあったが、まさかあれほどとは…。最初は大したことでもない、ほんの2〜3日で元に戻ると思っていたことから傷口がドンドン広がりだした。彼女はそういう意味では災いの根源とでも言うべきか、我々職場の同僚の双方に相互不信を巧みに植え付け、そのたびに取り入る相手を見つけては取り替えひっかえ、おかげで職場の雰囲気は最悪になり多くの人々が去っていった。代わりに入ってきた連中も残らず彼女の洗礼を受け、彼女が受け入れられない者は去り、残った者は彼女の言いなりとなった。最初はそんな彼女を自分に都合よく利用できると考えた者もいたが、最終的にはそんな連中も自分のほうが彼女に利用されているのだった。まさに悪夢が服を着て歩いている感じ、それが彼女だった。厄病神が逃げ出す、貧乏神も近寄らない忌まわしい女。そんな人間がいるかとあなたはせせら笑うだろう。それがいるんだ、僕はそれを知ってしまった。だから、相手が例えどんな人間であっても油断できないと、自然と身構えてしまう癖がついた。彼女には、回りの人間を何らかのかたちで変えるパワーを持っているのだった。

 いや、それは正確ではないな。別に彼女は魔物でも何でもなくて、本当のところただ単に性格が悪くコンプレックスが強く、徹底的に無反省な女でしかなかった。だがある条件を与えてやれば、そんな女でもそれだけの破壊的なパワーを発揮してしまうことだってできるのだ。

 それは一対一から始まる人間集団があらかじめその中に抱え込んでいる本質的なもの、不信なり疑惑なり敵対なり排除なりという「負のパワー」に他ならないのだろうか?

 

サムの息子の凶行に街は騒然

 1997年の夏のお話、ニューヨークはうだるような暑さの中で、何ともタチの悪い病巣に頭を痛めていた。44口径の拳銃でデート中のカップルや女性を射殺する連続殺人。「サムの息子」と自称する男の大胆不敵な犯行を、誰も止められずに成す術もなくいたんだね。

 そんなこととはまるで無関係とばかりに、ニューヨークのリトル・イタリーをエンジョイするカップルがいる。男は小柄ながらフェロモンむんむん(と少なくても自分では思ってる)で、今日も今日とて滑稽なまでにトラヴォルタばりにキメてるが、ちょいキメすぎでかえってカッコ悪いジョン・レグイザモと、気立てもよければ外見もすこぶるつきのいい女ミラ・ソルヴィーノの二人。この二人が絶妙なキャスティングで、イタリア系のダテ男を気取っているんだけど、小柄なせいかどこか気弱で貧相に見えるレグイザモは何ともおかしい。ミラ・ソルヴィーノはとってもきれいな女なのに、楽しくてやさしくて親しみやすい愛すべき女。実際のミラは、これに頭がいい才女という肩書きが付く。そりゃまさに理想的な女だな、女が苦手の俺でも思わず惚れちゃうね。さてこの二人、れっきとした夫婦ながら一緒にディスコで遊ぶ仲の良さは、今でも恋人同士の延長みたい。しっかしながら、レグイザモにしてみると何か違うんだな〜。たまたまディスコに遊びに来たソルヴィーノの美人のいとこが帰りたいと言うから、車で送ってやることにしたレグイザモ。でも、その真意は他にあった。

 実のところ、俺にはおまえだけ私には貴方だけとばかり、結ばれ合って結婚した彼なのに、そして愛する気持ちにウソはないのに、困ったことに彼の中に巣くった浮気の虫ちゃんがいつも何だかウズいてるんだよね。これはねぇ…ある意味じゃガキの頃はわからなかったんだけど、実際大人になってみると何となくこれかと思い当たるもんだよね。例えばタバコ吸うなといわれると、別に吸いたくなかったのに急に吸いたくなったりするだろう? あれと同じだね。浮気はダメ、エッチなお店に行っちゃダメ、エロ本もダメ…と言われると、不思議とそれやりたくなってくるんだよね(笑)。それまでそんなことしようと思ってなくても、もうできないんだ…と思うとね。ダメなことをやるほど、人間にとって甘美な快楽はないのだ。これは本当に奇妙だよね。もちろん僕なら品行方正な男だからやりません(笑)。ミラちゃんみたいに可愛い女を泣かせたりするものか。絶対しません。信じろって!

 でも、レグイザモは抑えが利かない訳ですよ。で、家の近所で車止めておっぱじめちゃうわけ。なんてしょーもない男なんだ、けしからん。もちろん僕ならこんなことはやりませんよ。絶対、おそらく、たぶん…(笑)。ところが、いいとこで後ろに止まった車にクラクション鳴らされて…あれ、最後までイッたのかどうか気になったのは僕だけでしょうか? アレって、とりあえず終わらせとかないとイヤなもんですよね。残しちゃうとね(笑)。ともかく慌てたレグイザモはケツ丸だしで彼女から離れ、あわててその場から離れたのであります。

 何食わぬ顔をしてディスコに戻り、待っていたソルヴィーノにウソ八百並べるレグイザモ。でもねぇ、何だか完全に疑われているみたい。バレてないと思ってるのはレグイザモだけ。サービスのつもりかキスまでしちゃったけど、このキスが決定的にまずかった。やっぱりニオイとか味ってのはバレるよね。例え女が「エッチな店に行きたいなら、私にわからないように行って」とか言ってくれても、それに甘えちゃいけない。きっと自分の嗅覚や味覚に絶対の自信を持っているからそう言ってるんだね。彼女は絶対に嗅ぎ付けます(笑)。そんな提案には乗らないことが賢明ですな。

 で、さっきまで女とドッキングしていた家の近所まで来ると…おやおや? 人だかりがしてる。パトカーが止まってる。なんだなんだ? 胸騒ぎが止まらないレグイザモが近づいてみると、さっき自分たちを追い立てた車が血まみれ! 中に乗っていたカップルも脳天ブチ抜かれているじゃないか。サムの息子だ! 真っ青のレグイザモ。思わず愛妻ミラの待つ車まで戻るとゲロぶちまけ。どうしたの?と聞いてくるミラに、日頃思いきりグチっぽそうなレグイザモでも、さすがに真相をブチまけてコボすわけにはいかない。ツラい〜(涙)。

 翌日、街でたむろするイタリア系あんちゃんたち(たぶん、幼馴染みって感じだよな。)とダベってるときも、このサムの息子の話が出てくるんだな。思わず現場に通りかかったと漏らすレグイザモ。その青ざめた顔を見たダチ公たちは、サムの息子が顔を見られたと思って殺しに来るんじゃないのとオチョクるが、これレグイザモにとってはまるっきりシャレになってない。思わずケンカ腰になるが、そこをますますオチョクられるレグイザモは、自業自得とはいえちょっとお気の毒。

 こんな十年一日の如き街角のアホなやり取りにも、今年の夏はほんのチョイと違いがあった。レグイザモの古いダチのエイドリアン・ブロディが、何を血迷ったかイギリスのパンクロックに目覚めちゃって髪の毛はハリネズミ状態。何だか仲間たちの中で思いっきり浮いちゃってるんだよね。そんな彼を何かと面倒みる、元々大親友のレグイザモ。そりゃ〜マッチョが売りのイタリア男ではあるが、だからといって親友を見捨てられないレグイザモは、煮え切れないなりに悪人ではない、僕らと同じ平凡な人間なんだね。そしてパンク一筋ザ・フー命のブロディに、サセ子との評判でやっぱり浮き上がってるジェニファー・エスポジートがやさしく近づいてきた。お互い浮いてる同士、捨て犬が互いの傷をなめあうような二人の関係の深まりは、それなりに泣かせるところもあるんだよ。

 ただ、レグイザモの恐怖は深まる一方。サムの息子が殺しに来るんじゃないかという恐怖と、自分が愛する妻をだましてるって後ろめたさが、なぜかここで合体。浮気のバチが当たったんだと泣いてわめいて、自分が勤めてる美容院の女主人との不倫にもピリオドを打とうなんてマジメな態度もチラつかせてるんだけど、「こんなこともうやめよう」と女主人に言ってる時の格好が、何とパンツ一丁でアソコがギンギンに元気ってなりじゃあ、そりゃあイマイチ説得力に欠けるよなぁ(俺はそのギンギンぶりがうらやましいけどね)。案の定、そこんとこを女に指摘されて元のもくあみ。で、またまた自己嫌悪の繰り返し。ほ〜らね、ここでもレグイザモはいい子にもワルにもなりきれない

 そもそも彼がそんな浮気にはしる理由というのが、彼としては女とあんなこともしたい、こんなこともしたい…ってスケベ心充満しているところなのに、それを愛する女房相手にはなかなか実行できないということ。女房相手じゃつまらないと思っているわけではない。彼女がそれを拒んでいるわけでもない。むしろ恋女房に美しいイメージ持って大切にしたいがゆえの勘違いとでも言おうか。まぁ、これも不器用ながらの純粋な想いゆえと言えなくもない。わかるんだけどね。でも、それをよその女ならやっていいのかって言うと…(苦笑)。それに、ひょっとしたら可愛いやさしい一辺倒だと思っていた相手も、君が思っているよりず〜っと大らかで大胆、いろいろ話せるいい奴かもしれないぜ。レグイザモ君、そこまでは考えが及んでなかったんだね。

 思った通りミラ・ソルヴィーノの方じゃあ、自分の亭主が満足してないんじゃないか、いろいろあれこれ試してみようかと、恥ずかしながらも考えている。いい女じゃないか、レグイザモよ。もうちょっと何でもいろいろ恥ずかしがらずにぶっちゃけた話してればよかったのに。

 そもそも、こんなに良くできたミラみたいないい女、悪い奴ではないけれど年寄りの小便みたいに歯切れの悪いレグイザモみたいな男にはもったいないんだよな。そして、たまたま自分のモノにできちゃったレグイザモにもその自覚が足らなかった。鼻も引っかけてくれなかった彼女を振り向かせるためには、どんな事でもしてやろうと誓ったはずなのに。それをまるで釣った魚に餌を…みたいな、偉そうな男のマネしたらマズいでしょ? いやはや、これは男たちにとって耳の痛い話ではあるよね。そうだよな、タランティーノ! ミラはおまえみたいなオタクにゃもったいない女だったんだよ。何? 俺には言われたくないって? ごもっともデス…(涙)。

 

善にも悪にもなりきれないゆえの悲劇

 そんなこんなでレグイザモが一人でてんやわんやになっている頃、サムの息子は調子の乗って絶好調で殺しまくってた。俺の息子は絶不調でうなだれまくってます。イタリア人街の大ボスのベン・ギャザラは、これじゃあ夜の街の賑わいが消えてしまう…と、このオッサンなりの流儀でサムの息子撲滅作戦を展開する。自警団みたいなのを結成し、怪しい連中を監視。そのうち古き良き日々の人情の街も、何だか殺気立ってきてお互い不信の目で見るような殺伐とした街になっていく。当然、イタリアのマッチョ軍団の間で最も怪しまれていったのは、とんがり頭のパンク野郎ブロディなわけ。

 それまで何とかブロディの味方をしようとしていたいい奴レグイザモも、本来みんなに背を向けてまで信念貫くってほど反骨の男って訳じゃないから、お仲間内でのレグイザモの発言はだんだん力のないものになっていく。しかも今のレグイザモの頭ん中はそれどころじゃあなかったわけよ。

 というのも、それに先立つ数日前、気分を変えに夫婦でよそいき着て出かけたレグイザモとソルヴィーノの二人…と思いねえ。何の因果か妙な秘密クラブに転がり込んだ二人。帰りましょうとイヤがるソルヴィーノも、こりゃ面白いと目を輝かせるレグイザモのためと思えばこそ踏みとどまった。ところが、そこは「アイズ・ワイド・シャット」に出てきたみたいな地下のセックス・クラブで、レグイザモは本領発揮でもうゴキゲン…ところが、恋女房のミラが胸もみしだかれちゃって悶えてるのを見たら、急にしゅ〜〜ん。

 情けねえ〜(笑)。でも、わかる。

 帰りの車の中はサイアクで、思いきり雰囲気悪い。愛すればこそ、亭主のためと思えばこそ恥ずかしさもかなぐり捨てたのに…と、ミラは悲しくて悲しくて、だけどなぜ彼が怒っているんだかわからない。こんな恋女房ミラを見て、どす黒い炎が胸の中にチロチロと燃え始めるレグイザモ。てめえのことをスッカリ棚に上げ、調子に乗ってイジメまくる。う〜やめとけよレグイザモ。俺にも経験があるんだ。セックスクラブじゃないよ(笑)。調子に乗って女を怒らせて、とんでもないシッペ返しにあったことが。

 うっマズい…とレグイザモが気付いたときには万事窮す。ミラがすっかり点火しちゃった後だった。今度は急転直下、猫なで声でなだめようとするレグイザモだけど、当然もうすべてが手遅れになっていた。バカなやつ。俺のこと?

 そんなわけで家庭は崩壊寸前。気晴しにとキメたヤクで頭はボ〜ッ。そんな状態でいろいろパンク野郎ブロディの行状をあることないこと聞けば、そりゃあやっぱりヤバいかなと思えてきちゃって、奴を味方しようとする良心の声も小さくならざるを得ない。

 いろいろ煮つまってきちゃったレグイザモは、後先考えずに自分の職場の美容院でも暴れてしまい、クビになってしまう。しかも腹いせに美容院の女主人がソルヴィーノに浮気のあれこれ全部バクロしちまったから、レグイザモが帰宅したときには彼女ブチギレ真っ最中だったわけ。

 なによやっぱり本当だったのねあたしをダマしてたのウソつき本当は最初からわかっていたのよ最低顔も見たくない、間違いだ誤解だ本当だけど違うんだでも実はその通りなんだ分かってくれよなぁおまえ俺が悪かった許してくれぇ。

 このへんのやり取りのリアルさは、ささやかながらも女にウソをついた経験もあれば、それがボロボロにバレていく過程の情けなさを少しは味わったこともあるから、俺には何とも胸が痛くなるものだったよねぇ。男ってどうしてミエミエのウソついて、それを段階的に認めていって、神奈川県警か新潟県警みたいに自らドツボにハマるんだろうかね。トホホ、ごめんよ、みんな俺が悪かった…。

 おまえが俺の最後の女〜とレグイザモが思ったかどうか知らないが、愛しのソルヴィーノちゃんは去っていった。もうヤケクソ。何〜、パンクのブロディを叩く〜? それでもまだ「それだけは」と拒んだレグイザモだったが、最後の最後まで抵抗できるほどの気力体力ももはや持ち合わせちゃいなかった。結局、親友であるレグイザモがブロディの住みかであるガレージまで行って、彼を呼び出す役という何ともトホホな役回りとなってしまった。

 自分の女房が逃げたという話で同情をかったレグイザモは、ブロディを誘き出すのに成功。しかし、まさにその瞬間にもつい「逃げろ」と言ってしまうレグイザモの、何から何までピリッとしない中途半端さ。そこに地元あんちゃん連中が襲いかかってボコボコ袋叩きにしたときも、加わるでも止めるでもない。情けないレグイザモはしょせん素晴しい女ソルヴィーノの男って器じゃなかったのかなぁ。

 全く最悪なことに、その大立ち回りの寸前にサムの息子は逮捕され、警察の凱旋パレードが大々的に行なわれていたのだった。リンチで半殺し寸前のところを義父に止められ、助かるブロディ。唖然呆然のまま引き上げる一同の中でも、情けないレグイザモは「すまない」なんて言わずもがなの言葉を吐かずにいられない。すでにブロディに「何で裏切ったんだよぉ」と言われ、全てが手遅れになってしまったその期に及んでも。情けないことに、何もかも失ったあげくに悪にもなりきれないレグイザモなのであった。

 

我々自身を救うよすがとなるものとは? 

 スパイク・リーっていつもいつもアフリカン・アメリカンのスポークスマン的な発言が目だって、映画の出来以上にそれがうるさいもんだから、ちょっとイヤだったんだよね。「マルコムX」なんかも、いきなりロドニー・キング事件の証拠ビデオから始まったりして。わかってるよ、それが今もアメリカ社会で脈々と生き続けているんだって言いたいんだろ。でもねぇ、何か大向う受け狙いってのがイヤでねぇ…本当は彼が中流階級出だって聞いてたから、余計それが気に入らなかった。

 それが、マーティン・スコセッシがプロデュースした「クロッカーズ」あたりから、ちょっと変わってきた。今回も、自身がコミカルなテレビ・レポーター役で登場するくだりなどにわずかながらアフリカン・アメリカン問題をにじませながら、ほぼ全編イタリア人街にカメラを据え、イタリア系の白人を登場人物にして、もっと普遍的な人間全般に共通する憎悪や相互不信の問題に視野を広げていったのはお見事。とにかくアバの「フェルナンド」で始まり、シナトラの「ニューヨーク、ニューヨーク」で終わる作品なんてスパイク・リー作品では、これまで考えられなかっよね。

 そんななつかしポピュラー・ミュージックの中でも興味深い使われ方をしているのが、ザ・フーの2曲。ヤマ場とおぼしき部分で使用されている。そういえば「アメリカン・ビューティー」もザ・フーだったよね。この「アメリカン〜」予告編ではまるで主題歌のような扱いながら本編では使用されていなかった「ババ・オライリー」なる曲が、こちら「サム」ではバッチリ使われていて、圧倒的な効果を発揮しているのが見ものかな。それにしても、20世紀最後の年に今なぜザ・フーなのか?

 ともかく、それは1997年の夏のことだった。幼馴染みとして育ってきたダチとしての絆も木っ破微塵にブチ切れさせた、忌まわしきサムの息子の凶行の数々。でも、それはきっとニューヨーク、イタリア系住民のコミュニティという、大きな人間集団だから起こった暴走だったとは思えないな。それはレグイザモとブロディという信じ合ってたはずのマブダチの間に生じた心の隙、そしてレグイザモ&ソルヴィーノ夫婦のちょっとした心のすき間に生じたわずかな不信のようなもの…そんなささやかな何かが人間関係全体に広がっていって、巨大に膨れ上った結果と思いたい。もちろん、それは僕や君の心の中にも、確実に巣くっているものだ。そして、普段は音も立てずに息を潜めているものだ。それが長い眠りから覚めようという時、我々自身を救うよすがとなるものは、きっと相手を信じた愛したとためらいなく言える確かな実感だけなんだろう。だからどんな時でも、そんな実感をひとつでも多く自分たちの中に刻み込もうじゃないか。それだけが、自分たちの尊い想いの確かな証なのだから。

 振り返れ、それは誰よりも信頼する人ではないか。

 思い出せ、それは愛してやまない、運命の人ではないか。

 

 

 

 

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