「玻璃の城」

  玻璃之城 (City of Glass)

 (2000/05/15)


僕の目から見た香港返還

 今から3年前の1997年9月、私は中国海南島でのビデオ制作の仕事を準備するため香港へ渡った。このビデオの仕事というのがかなりなマユツバもの。ある中国資本の会社がスポンサーになって、この海南島に巨大リゾートを建設しようとしていて、その資金調達のために投資家を募るという、いかがわしさ満点の目的で制作されるものなのだ。

 この海南島というところ、中国でも最南端に位置しており、場所的にはベトナムのすぐ近く。確かにこの島は中国のハワイと称されるような場所で、開発の仕方によっては大リゾートとして発展させることも夢じゃない観光資源もあるんだろう。

 しかし、この計画そのものはいかがなものか。問題のリゾート計画予定地は島の東岸の中心あたりに位置しているが、実はかなり辺鄙な場所。それをこの計画の企画書では、海南島最大の都市・海南市と第2の都市・三亜市とのちょうと中間点に位置する抜群の立地条件」であると書いてある。ちなみに海南市は島の北端、三亜市は南端。でも、この島は日本で言う「島」なんて規模のものじゃない。例えば、君は静岡市のことを、「日本の首都・東京と、第2の都市・大阪の中間点に位置する抜群の立地条件」なんて言うか? そのあたりからしても、この計画いかにいかがわしいかわかるだろう。

 この海南島、島全体で海南省という一つの省を形成し、経済特区として中国政府に認定されているので数々の優遇措置が行われている。その一つがビザなし渡航だ。

 しかし、日本から海南市へのダイレクト便は飛んでいない。北京にしろ上海にしろ、中国国内に入るにはビザがいる。それをとっている時間はなかった。どうする?

 そこで目をつけたのが、この年の7月に中国に返還されたばかりの香港だ。香港なら日本からダイレクトに飛んでこれて、しかもビザもいらない。そのまま中国の国内線で海南市に飛べば、ビザなしで入国できるというわけだ(そう言われて実際に行ってみたら、空港で解放軍兵士に脅かされて寿命が縮んだけどね)。それで、私は当時在籍していた会社の社長とともに、やや遅めにとった夏休みもそこそこに切り上げ、秋の気配迫る香港に降り立ったのだ。

 ところで香港というと100万ドルの夜景じゃないけど、とにかく賑やかで喧騒に包まれ、ギンギンギラギラってイメージあるでしょう? 僕もそれを予想してたんだけど、時際に降りたってみて唖然としたよ。

 ひっそり。

 本当に活気がない。人通りもそれなりにあるのに、人がひしめいているという感じはない。車の数も心なしか少なく感じる。何せ活気のある街独特の騒々しさがない。そして、街の灯りが何しろ乏しいから、街全体がクラ〜い感じに見えるのだ。どうしてかと思って観察してみると、何しろ閉まってるお店がやたら多い。ありゃ〜。

 そこで思い出したのだ。そうそう、7月の中国への返還。そうだ、もうここはイギリス領土じゃあないんだ。それにしても、返還によって活気がなくなったのか? 実際のところはわからないし、現在はまた街の活気が戻ってきているのかもしれないが、少なくとも1997年の9月の時点では、香港の街の活気はかなり失われている感じだった。

 やたら目立ったのはビデオCDを売っている屋台。何だか「エアフォースワン」とかいっぱい置いてあったなぁ。もちろんエロCDもたくさん。買って行こうかと思ったが、自分ちのマックで見れるのかわからなかったし、向こうのテレビはパル方式で日本のNTSCとは違うからちょっと怖くて買えなかった。失敗したなぁ。え? 「エアフォースワン」なんかいるかよ。もちろんエロ。

 エロと言えばやたら売ってたのが菅野美穂のヘアヌード写真集。あちこちの路上で売っているのだが、日本人と見るやこの写真集を買えと言い寄ってくる。バカにすんな。日本人がみんな菅野美穂のヘアヌード見たがってるわけじゃねえんだぞ。第一、あんまり脱いでる写真ないじゃねえか、あの写真集(笑)。

 しかも、この写真集が2バージョンも、3バージョンもある。これはどういうことかと言うと、全部コピーなのだ。日本で出版された本を反射原稿にして、2種類か3種類の海賊版をつくってるというわけ。何だかそれでなくても気取ってピンがボケてたりブレた写真ばかりの写真集だぜ。それを、何が悲しくてこんな香港まで来て、コピーしてもっとボケた菅野美穂のヌード見なきゃならないんだよ〜。見せるべきところを見せないヌードなど俺は認めない。特に「ヘア」とくればなおさら、下の毛に限らず頭に至るまで俺は毛にはうるさいのだ。苦労してるからな(笑)。

 だから男性誌でヘヤヌードとか称して、実は素人娘を自分の部屋で脱がせて「部屋ヌード」なんてダジャレかましてるのを見ると、マジで頭くるぜ。やることはちゃんとやれよな。俺みたいに目の肥えたヌード鑑賞者は厳しいのだ。

 それはさておき、街でわずかながら活況を呈しているのが、ビデオCD屋と菅野のヘアヌード屋(笑)ってんじゃあ、その冷え込み方もうかがえようというもの。今さらながらに中国返還というものの香港社会に与えた影響とやらを、切実に感じざるを得なかったね。

 もっとも、その後実際に海南島に上陸してからのスッタモンダは、語るのも恐ろしい体験だった。ハッキリ言って中国と日本の政治家たちまでツルんでの欲望と謀略渦巻く世界をかいま見た感じ。日本の元・総理大臣経験者までからんでくるヤバい話だぜ。こんな話が僕らの生きる平凡な日常生活の、ほんの隣に実際にあるんだな。あの島では本当にツラかったし、屈辱的な思いもした。

 ここでハッキリ言っておくが、僕が何とかもったのは、言葉も満足に通じない現地の中国人たちがみんなで僕を助けてくれたから。漢字の筆談で必死にコミュニケートしようとする姿が同情を引いたのか。それに引きかえわが日の丸の同胞は、現地で俺の足を引っぱるだけだった。そう言えばニュージーランドでも、俺に優しかったのは現地の奴とアメリカ人旅行者。海外での日本人って本当に最低だよ。すべて例外ありとは何とかわきまえているつもりの俺のだが、これはあながち偏見とはいえないぞ。すべて体験上の裏付けがあるんだからな。

 とにかくボロボロになりながら帰国。勤めていた会社を辞めたのは、それからすぐのこと。だから実際のところ、中国返還の香港社会に与えた影響なんて人ごとを、切実に感じてる場合じゃなかったんだけど、その時点では僕も自分の置かれていた状況がわかっていなかった。

 まぁ、そんなとこが日本人の俺の目から見た香港返還。では、実際に住んでいる連中にしてみたら、どんな想いがよぎっただろう。メイベル・チャン監督の最新作「玻璃の城」には、そんな変わっていき失われていく香港への追憶の想いがあふれているのだった。

 

二世代カップルの恋愛模様が平行して

 いきなりお話はイギリスはロンドンから始まる。1976年の大晦日、ニューイヤーのカウントダウンを祝おうと飛ばす車が一台。乗っているのは「ラヴソング」でのナイーブな恋愛演技がとにかく絶品だったレオン・ライと、「好色男女」で彗星のように登場してポルノ映画からフレッシュなイメージで一般作品に進出、いまや売れっ子女優のスー・チーの二人。彼らが主役のロマンスもの…と期待がかかるが、いかにものキャスティングでまたまた海外ロケの香港恋愛映画っていうと、正直言ってまたか…の観も少しあるよね。ところが、ありゃりゃ? いきなり車はひっくり返って二人はおだぶつ。始まったと思ったら終わっちゃった。なるほど〜。確かにこのままつくったんじゃ月並み。凡百の香港製恋愛映画と変わらないもんね。かくしてアメリカに移住していたレオン・ライの家族代表として彼の息子ダニエル・ウーが、スー・チーの家族代表として彼女の娘ニコラ・チャンが、それぞれロンドンにやってくる。そう。二人は各々別の家族を持っていて、それは人目をしのぶ恋だった。では、彼らはいかなる理由でそうなったのか? それはこれからじっくり、この映画で描かれるわけ。

 ダニエル・ウーとニコラ・チャンの二人は、事情が事情だけに折り合いが悪い。トゲトゲしい間柄のまま香港にやってくる二人。ここでレオン・ライとスー・チーが愛の巣として借りていた住まいを処分しようというわけだ。しかしゴミゴミとして忙しなく何かエゲツない感じの香港が、半分アメリカンのダニエル・ウーにはどうも好きになれない。彼にとっては、何かというとツンケンと当たってくるニコラ・チャンが、まるでそんな香港そのもののように思えるんだな。

 親二人が飼っていた犬をどうするなんて話から、対立が絶えまないダニエルとニコラだが、親たちの遺品を整理したりしているうち、彼等の恋愛物語を追体験していくことになる。

 香港大学で学んでいた二人がひょんなことから出会い、愛を育んでいく様子は、月並な描写ではあるが胸にしみる趣向だ。ブラザース・フォアの懐かしソングを思い出の曲として繰り返し流す作戦も定石。でも、ちょっとこれはクサかったかもね(笑)。

 やがて全世界を飲み込んだ学園紛争の嵐。政治の季節が過ぎ去ったとき、挫折感に襲われたレオン・ライはフランスへ留学。香港に残ったスー・チーと国際電話で心を通わす毎日だったものの、やがてそれも滞りがちになってしまう。う〜ん、長距離電話ぐらいだったら、二人の仲も何とかなるんだけどねぇ…。まぁ、電子メールも欲しいところかな? そのうち…携帯も欲しくなるよね(笑)。

 正直言ってこれだけならば、いかにものキャスト、いかにもの設定でいささか食傷気味香港恋愛映画ということでかたずけてしまいたくなるのだが、この映画が一味違うところは子供世代の若いカップルの恋愛がみずみずしく描かれていくところ。最初はいがみ合っていた二人が、親たちの育んだ愛を再確認していくことによって、自分たちも恋に落ちていくお話が同時進行で進んでいくのが楽しい。そしてアメリカ育ちダニエル・ウーが香港育ちのニコラ・チャンを見直し、引かれていく過程が、そっくりそのまま彼の香港再認識の物語になっているあたりが、この映画の重要ポイントなんだね。

 やがて長年の月日が流れ、お互いに過程を持ち社会的な地位もできたレオン・ライとスー・チーの二人は、香港で再会する。それは何とも切ない日陰の恋で、やがて1976年大晦日のロンドンになだれ込む…。

 

メイベル・チャンの香港への思いはホンモノ

 レオン・ライとスー・チーが散った1976年ロンドンの大晦日と、その子供たちのカップルが親たちの遺灰を詰めた花火を揚げる1977年の香港返還の日がフラッシュバックされるクライマックスは、正直言って親たちのカップルと子供たちのカップルを並行して描いていく構成ともども頭の中でこしらえたような味気なさがあり、いささか図式的すぎるきらいがある。

 香港映画の秀作ラブストーリーと言えば、この作品と同じメイベル・チャン監督の「誰かがあなたを愛してる」がある。また、一昨年にはピーター・チャン監督の「ラヴソング」などもあり、いずれも海外に拡大していかざるを得ない中国系の人々の想いを反映した切ないラブストーリーとして、見る者のハートをがっちりつかんだ。

 それらに比べるといささか訴求力の弱さを感じるこの「玻璃の城」、なぜ弱いのかを考えるとき、ここの作品には上記二作にあるような裸の人間の心情が欠けているのではないかと思う。ニューヨークで荒っぽい暮らしをしてきた男の武骨さを見せた「誰かがあなたを愛してる」のチョウ・ユンファ。大陸から何とか身を立てようとやってきた男の純情を見せた「ラヴソング」のレオン・ライ…。彼らと比べて、この映画でのレオン・ライとスー・チーのカップルはと言えば、若い頃は大学生で、レオン・ライなどは苦学生と言えども海外留学なども果たすご身分。歳をとってからになるとさらに地位は向上して、ラストには二人でロンドンで年越しなんて言い出すんだもんね。ちょっと趣向が上滑りで、誠実さ純情ぶりで見る者の心を打つところまでいかない。ハッキリ言って年越しにロンドンってのは気取りすぎなんだよ(笑)。イヤミな岩波ホールで上映するわけだ。香港映画もあそこで上映するようになったら、ハッキリ言って堕落だよな。だから、若い世代のカップル入れてくれて救われた。

 そんな設定上や構成上の欠陥を抱え込みながら、なぜかこの映画が憎めないのは、やっぱりメイベル・チャン監督の、香港という街への熱い思いだけは本物だったからだろう。

 日本のちょっと前のトレンディ・ドラマみたいな寒い設定なんかどうでもいい。我々も、そんな本物の熱い感情だけが見たいのだから。

 

 

 

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