「ストレイト・ストーリー」

  The Straight Story

 (2000/04/10)


「よかった」だけで済ませたい

 いつかは、こんな時が来るとは思ってたんだけど、いい映画を見たときって饒舌に語り倒したいときと、何となく寡黙になってしまうときの2つのリアクションがあるよね。そんな例は正直言ってあんまりないのだけど、それでも時々、ポツッとそんな作品が現われては、私を黙らせてしまう。昔の例だと「ディア・ハンター」がそうだった。今はなきテアトル東京で友人と見たんだけど、その後友人と一切会話なし。黙って電車に乗って、黙って別れて家に帰ってしまった。この作品の場合はあまりにも衝撃的な題材に打ちのめされたんだよな。

 実は、映画のサイトを始めるにあたって、いちばん恐れていたのがこの手の作品の出現。一応感想文とか代表的な作品には書かねばならないんだけど、中にはバカみたいに「よかった〜」とかで済ませたい作品だってあるよね。くだらない駄文をこねくり回しても、それは作品に余計な汚れを付けてしまうだけみたいな気がしてね。

 だから、この「ストレイト・ストーリー」も、何言っていいのかわからぬまま書き綴っているという感じだな。たまには、そんな書き手のとまどいがそのまま出ている文章も悪くないんじゃないかな?

 

単純きわまりないお話 

 お話はいたって単純。アメリカのど田舎を舞台にした物語で、主人公は頑固だがもうヨボヨボのじいさんリチャード・ファーンズワース。あっちこっちカラダはガタガタ。映画が始まるといきなり家の中でコケてぶっ倒れて歩けなくなるが、頑固者だから医者に連れてくのも大変。この父親の面倒をみながら一緒に住んでいる娘のシシー・スペイセクに言われてしぶしぶ病院に行くが、歩行器を使うようにとの医者のアドバイスは完全に無視。杖を二本、松葉づえみたいな要領で使うというところで何とか妥協する。まぁ扱いにくいじいさん。

 でも、いくら頑固者とはいえ、さすがに今回の足を痛めた一件では自らの老齢を身にしみて感ぜずにはいられない

 そんなある日、このファーンズワースじいさんの兄貴が心臓発作で倒れたとの知らせが届く。本来なら即、見舞いに…ということになるはずだが、そこはそれ、そうはいかない事情があった。

 実はファーンズワースと兄貴は、もう何年も前に仲違いして、それ以来ずっとお互い口をきかない間柄だったのだ。

 しばし考えこんだ後、ファーンズワースじいさんは兄貴の家を訪れる決心をする。まだどうにか立っていられるうちに和解をしておかなくては。ちょっと弱気になった時、人は素直になれるもの。

 じいさんの兄貴の家は隣の州。車で行きゃあアッと言う間だが、じいさん免許を持ってない。でも、人に連れて行ってもらっちゃあいけないんだね。この和解の旅は、自分の力で終わらせなければならない。

 じいちゃんは庭に転がってたボロッチいトラクターに、家財道具を積んだトレイラーを引っかけて、兄貴の家まで走っていこうと決心した。そして一度こうと決めたら、じいちゃんの決意は曲がらない。

 …とまぁ、説明としては本当にこれだけの、単純きわまりないお話。実話だとのことだが、とにかく恐ろしくシンプル。で、この後、道中で出会う人々とのふれあいが物語の原動力となるわけで、典型的なロードムービーなわけですよ。

 僕は不覚にも、旅先で最初に出会うヒッチハイカーの女の子との、たき火をはさんでの一夜のくだりですでに泣けてしまったんだけど…。

 実はこの作品のポイントは、星じゃないかと思ってるんですよ。もう空いっぱい、こぼれ落ちんばかりのキラキラ星空。これがシネマスコープ画面に目一杯広がる。こういうビジュアル・イメージがここぞという場面に出てくるんですよ。こりゃあ理屈抜きだな。

 星空みたいな途方もないものを前にしたとき、人はただただ黙ってしまうしかないって時が、確かにあるよね。

 

星の見える場所に行ければ

 僕はガキのころ、実は天文ファンだったんですよ。

 …って言っても、別にいろいろ星座の名前とか詳しいわけじゃなかったんだよね。ハッキリ言って小学校の理科クラブで天文選んだのも、プラネタリウム見たかったから。ただそれだけ。

 僕は子供のときから東京だから、真面目な話、満天の星空ってやつを見たことがないんですよ。だからプラネタリウムのあの感じがとっても好きで…。今でも、もし何かの間違えで大金持ちになって自宅に映画の試写室とプラネタリウムのどっちか作れるとしたら、何のためらいもなくプラネタリウムって言いますよ。

 映画はね、一人もいいけど他の観客と共有する時間がいいんですよ。

 星空は、どこまでも一人なんですよね。

 そんな僕が女追っかけてニュージーランドくんだりまで行った話はご存じですよね。来いって言うから行ったら、何が悪かったのかシミジミ冷たかった。ほとんど神経戦。そんな最中、一応彼女もわざわざ日本から来た客に何かしてやりたかったらしく、僕を山岳地帯のドライブに連れ出したが、彼女には申し訳ないんだけどこれがもう拷問なんですよ。つらいやら、腹たつやら。

 で、夜になって、光るホタルを見に行こうと行かされたのが、街灯も何にもない、ただただ真っ暗な山ん中の公園みたいなとこ。ホント真っ暗ですよ。でも、明るいの。

 星が明るいんですよ。

 ビックリしちゃった。星明りで歩けるわけ。

 見通しがいい場所に出たら、二度ビックリ。俺、ホントに空気なくなっちゃったんじゃないかと思ったもん。地球じゃないみたい。そのくらい、星がムキ出しでバンバン見えてる。星が光ってる音が聞こえそうなんだよね。それまで怒りと悔しさで目の前真っ暗になってた僕だけど、その時には思わず言葉を失っちゃったよ。そして、これ見れただけでもいいかって思っちゃった。だって、それは僕が子供のころからずっと見たくて探し求めていた光景なんだからね。そしたら、その女のことなんて、どうでもよくなっちゃって。

 じーっとそのただただでかい光景を眺めているうちに、どうして自分がそんな間違った相手に入れ込んで、こんな地の果てまで来てしまったのか、どうしてこれまで自分の人生を台なしにしていったのか、シミジミ考えさせられてしまったね。要するに、俺はアホだったってことなんだけど(笑)。

 自分の進路に迷ったとき、何か自分の歩んできた道を振り返りたくなったとき、星の見える場所に行ければなって今でも時々思う。これは僕が呪われた旅行から学んだ唯一の教訓だな。

 

デビッド・リンチ話術のうまさ

 で、最大のミソが、これをあのデビッド・リンチが撮っているってことですよ。

 そうくれば、劇場で売ってるパンフレットにも、今野雄二のアホが駄文を載せたりしちゃうわけ。で、そのへんの知的文化人どもが「リンチは変わってないよ、みんなわかってないなぁ」みたいなことを言ってる。この素晴しい映画の話をするとき、こんなバカ文化人たちのことも書かなきゃならないのが苦痛だが、リンチは変わったとも言えるし、変わらなかったとも言える…というのが正確なところだろうね。冒頭のファーンズワースが足を痛めるくだりの何だか不吉な描写なんか「ブルー・ベルベット」あたりをほうふつとさせるリンチ節。ところが、この映画、気分を出すために順撮りしていったらしいけど、どんどんファーンズワースがよくなってきちゃったんだろうな。リンチは「俺が何か演出をやってやろうとするより、ただファーンズワースを撮っていたほうがいいんだ」と悟っていったみたいに、だんだん演出が前面に出なくなってくる。後半のほうで、ファーンズワースがもう一人の老人と戦争体験を回想するシーンが出てくるが、これなんかファーンズワースのどアップ映像と戦場の擬音のみ。ほとんどラジオドラマ。だけど、それだけで戦場の光景が観客の目の前にリアルに再現されていく。

 実は脚本も一本調子で絵に描いたようなものに見えるんですよ。でも、それがよかったんだ。まずトラクターでゆっくり。そのコンセプトが絶対に強力で揺るぎないわけ。あと、コチョコチョした細かいこと言っても仕方ないでしょ。

 そして、演出&脚本でいちばん褒めたいのは、娘役シシー・スペイセクの扱い方。親父を心配する人のよい娘…にとどまらない、見る側に何ともいえない哀しみや不安感を抱かせるキャラクター。それがヒッチハイカーとの会話の中で、観客がそれまで知らされていなかった事実が明らかになっていくあたりの鮮やかさ。確かにこうした話法のうまさは、映画の随所で見受けられる。しかも、それが見ているほうには気付かない程度のさりげなさなんだよね。うまさ、とはこれだな。

 

今夜も夜空に星がいっぱい

 最後、兄貴の家にたどり着いたファーンズワース。出てきた兄貴は何とハリー・ディーン・スタントン。そりゃ〜ちょっと年齢的に無理あるんじゃないか?って言いたくもなるけどね(笑)。

 忘れちゃいけないのが、これがファーンズワースには肉体的に大変だっただけでなく、自尊心に痛みをともなう旅だったに違いないってこと。実はここがこの作品でいちばん重要なとこなんじゃないか? 僕自身、たぶん今までこれがいちばん欠けていたものなんだろうな。お願いだ、去らないでと頭を下げたことなかった。痛いです。

 まだ身体がきくうちに、昔みたいに仲良く二人で星を見たいというのがファーンズワースの願いだけど、見つめ会う二人に言葉がないのがいいね。

 そして…星なんです。今夜も夜空に星がいっぱい。

 星はきっと、誰の頭上にも等しく輝いているに違いないんです。スモッグや明るいネオンに邪魔はされているけど。

 アメリカ中西部の田舎だって、東京だって、あるいは日本のどこか他の都市だって…。あなたの街にもきっと僕を照らしているのと同じ星が、輝いているはずなんです。

 そしてそう思ったとき、暗い夜道を孤独にひた走っていくようなお互いの人生が、ほんのわずかながら救われるような気がするんですよ。

 おやすみなさい。いい夢を…。目覚めたとき、あなたの心が昨日より少しでも安らかでありますように。

 

 

 

 

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