「氷の接吻」

  Eye of the Beholder

 (2000/03/20)


いつの間にブレークしたんだアシュレイ・ジャッド

 アシュレイ・ジャッドって女優さん、最近出演作相次いでるんですけど、どうなんでしょうね。僕はあんまり華のある人だと思わないんですけど。いつから何の作品でブレークしたんだか全然わからない。あの「コレクター」(テレンス・スタンプのじゃなくて)あたりからなんでしょうか。

 この春、日本ではなんと彼女の主演作が2作ほぼ同時に公開されるにぎわいなんで驚いちゃうんですけど、その中でも全米大ヒットとかいう触れ込みの「ダブル・ジョパディー」っての見たら、これがいけません。ハッキリ言って面白くないんですよ。やってもいない亭主殺した罪で牢屋にブチ込まれた女が、ひょんなことから亭主が生きていることを知り、亭主憎しと息子可愛さに脱走して復讐に走るお話。「女厳窟王の復讐」とかタイトルつけたほうがピッタリきそうだけど、これじゃ昔の新東宝のエロ映画みたいだね(笑)。この映画で当然ヒロイン演じるのがアシュレイ・ジャッド。熱演ですよ、確かに。でもつまんないんだよね。トミー・リー・ジョーンズも「逃亡者」での当たり役の残りカスみたいな役やらされて、やる気なさそう。とにかくつまんねえ映画だったよ。これ何で全米大ヒットなんだろ?

 だから、もう一本の「氷の接吻」も、全然見たくなんかなかった。タイトルがまたひどい。要するに悪女ものと言いたいわけね。相手役がユアン・マクレガーね。まぁ、これはちょっといいかも。監督は「プリシラ」を撮った奴か。おやまぁ、これはこれは…。

 そんなわけで気乗りしないまま見始めた「氷の接吻」。どうせ大したことないと思ってたら、これがどうしてどうして。町の定食屋に入ったら意外にうまかったっていうような、ちょっとしたうれしさ一杯の佳作なのですよ。

 

ヒッチコックふうサスペンス=悪女編

 お話は…というと、米国駐在の英国大使館員で調査専門の男が主人公。これがユアン・マクレガーなんですが、ありていに言って諜報員というかスパイみたいな仕事なのに、ジェームズ・ボンドとはほど遠く、暗〜くパソコンいじっていろいろ調べまくる気弱そうな男。マクレガーがこの平凡で気弱そうな青年を、イメージ一新で演じていて面白い。

 しかもこの男、気弱ではあるんだけど専門領域についてはめっぽう強くて、さまざまなハイテク機器を駆使して調査をやり遂げるあたりは確かに凄い。だけど、現実感覚には長けていないのよね。そう! 今まで私がスクリーンの中でシンパシーを感じてきた、日常生活の中では使えない男たちと同類なんですよ。他に何の取り柄もない。俺と同じ臭いのする男。だから、女房にも逃げられて、自分の娘も奪われどこに行ったかもわからない。どんな奴でもハイテクの力で調べ上げる力がありながら、最愛の自分の娘については実際にどんな顔してるかさえあやふや、しかも今どこにいるかもわからない。「シャンドライの恋」でピアノ弾いてるしか能のなかったデビッド・シューリスみたい…って言うと、私が言いたいこの作品のテーマもわかってきますよね。

 ある日、大使館の上司が自分の出来の悪いセガレのことを調査してくれと言ってくるので、イヤイヤ調査を開始するマクレガー。どうも、悪い女にたぶらかされて、金を貢がされているらしい。

 このドラ息子をたぶらかしているのがジャッドで、マクレガーは高感度マイクやらテレビカメラやらパソコンやら通信衛星やら総動員で彼女の監視を開始する。しかし、ドラ息子と彼女の濡れ場を出歯亀するはめになるかと思いきや、突然、ジャッドがキレてドラ息子を殺害し逃亡。あわててマクレガーも後を追うはめになる。

 さて、お察しのいいみなさんならとっくに気づいているでしょうが、この映画またまたヒッチコック・テイストを感じさせるロマンティック・サスペンスなのだ。マクレガーがハイテク駆使しながらもやろうとしてるのは「裏窓」同様ののぞき。カツラをとっかえひっかえ変装するジャッドは、つい我々としてはカラオケ屋でマラカス握って指紋とられた逃亡犯の福田和子を連想しちゃうが、ここは本来、「めまい」のキム・ノバクと言いたいところだろう。ぐるぐるらせん階段を下からとらえたショット(待てよ?「シャンドライの恋」もらせん階段だった。あれって、実はヒッチコック・テイストを狙ったところあるんだろうか?)とか、ビジュアル面でもけっこう感じだしてるし。そもそもマクレガーが娘を失ったトラウマにとらわれているというのも、ちょっと高所恐怖症の「めまい」とか入ってる感じするね。

 とにかく、マクレガーは彼女を追ってアメリカ大陸を縦断することになる。そして、ジャッドの行く先々でダマされた男の死体がゴロゴロという趣向。

 

トリュフォー譲りの異形の愛

 そのうち、ジャッドの過去がわかってくる。父親に捨てられ、孤児として育てられた過去。彼女を指導した保護観察の先生(ジュヌビエーブ・ブジョルド)の影響は絶大だったらしく、タバコも酒も彼女の趣味をそのまま受け継いだジャッドだったが、不幸にもこのビジョルド博士が男に対するねじ曲がった根性の持ち主だったことから彼女の運命もゆがみ、男を翻弄し殺す狂った悪女と化すことになったわけ。こわい〜。それにしても、私の大好きだった永遠の美少女ブジョルドが、あまりにも無惨に老けていたのには涙。私にも彼女にも、時は無惨にも平等に流れていたのだな。

 でも、それを追うマクレガーも、失った娘への贖罪を彼女で行っているフシがあるから人のこと言えない。彼女が男を殺すたび証拠を消してやったり、逃走を助けてやったり。さすがにジャッドも、この不思議な存在に気づかざるを得なくなる。

 いわば異形の恋愛映画という形をとりだす「氷の接吻」、その愛の行き着く先は「地の果て」アラスカの大雪原。雪深いその風景を見ているうちに、私には映画とは全然関係ないある感慨が浮かんできたのだがそれはまた別の話。世間との接点が乏しかった言ってみれば不器用な男と、心に深い闇を抱える女の奇妙なラブ・ストーリーの終盤を飾るのが、この雪に包まれた土地であるというあたり、何だかヒッチというより別の何かを感じざるを得なかった。

 いや、別の…というより、ヒッチコックに影響を受けた誰かと言うべきだな。

 そう、こういう異形のラブ・ストーリーとしてのヒッチコックに異常な関心を抱くフォロワーというと、マーティン・スコセッシやブライアン・デ・パーマがいるよね。特にデ・パーマは、「愛のメモリー」(主演はジュヌビエーブ・ビジョルドだ!)や「ボディ・ダブル」でそんな異形の愛を見せていたっけ。でも、この人のヒッチコック・フォロワーぶりってわかりやす過ぎる。あまりにも「まんま」なんだよね。「アンタッチャブル」での「戦艦ポチョムキン」パクりの乳母車落っこちシーンみたいに(笑)。アメリカ人だからひねりも何にもなく発想が単純なのかね?

 そうじゃないな。冷たい雪の感触見つめているうちに、これはどこか冷たいヨーロッパのテイスト、ヌーベルバーグ一派のヒッチコック・フォローに似たものじゃないかと思い出した。だったら誰だ。そうか! この人を忘れるなんて。

 フランソワ・トリュフォー! 

 女が男を次々殺しまくるサスペンス、そしてそのたび姿かたちを変えていく華麗なる変身ぶり。これはジャンヌ・モローがあっぱれだった「黒衣の花嫁」そのものじゃないか。

 そして、女に振り回された男が、悪い女と知りつつ愛を感じて追いかけるあたり、「暗くなるまでこの恋を」のジャン=ポール・ベルモンドとカトリーヌ・ドヌーブのカップルを思い出すじゃないか。そういや、あれも雪のシーンで終わるんだよな。

 こうした異形の愛を好んで描いたトリュフォーの、アメリカのミステリ小説を原作にした一連のヒッチ・テイスト充満したサスペンス・ラブストーリーこそが、この「氷の接吻」のめざすものではなかったか。

 そう言えば、どこか気弱で神経症的なユアン・マクレガーのキャラクターは、おどおどしたトリュフォー作品の男性主人公、わけても監督の分身とまで言われたジャン・ピエール・レオとどこかつながってる気もする。いや、孤児として辛酸をなめたアシュレイ・ジャッドのヒロインだって、「大人は判ってくれない」の時のレオと似た境遇と言えなくないか。

 ここまで来て、私もようやく何でこの映画に興味がわいたかわかった。

 世間慣れしてなくてどこか浮いてる、日常生活では使えない男のラブストーリー。それが、私が好きなトリュフォー・テイストで蘇っている。そもそも、トリュフォーって人自体、現実社会ではどこか浮いちゃう男を主人公に映画を撮ってきた人だった。僕はトリュフォーのそんな一面に惹かれていたのに違いない。

 そして、そんなブキッチョな男が追い求める夢は、心に深くて暗い闇を抱いた女との愛の成就。自分という人間をよく知っているからこそ、彼女にシンパシーを持って見失いそうになりながらどこまでも追いかける。でも決して強く自分の存在をアピールしたりしない。ただ辛抱強く追いかけていく。なぜなら、この女がどんなに傷つき、どんなにおびえているか、彼がいちばんよくわかっているのだから…。この映画が他のアメリカ製サスペンス映画と一線を画するのは、まさにそうしたデリケートなトリュフォー譲りの一面を持っているからだろう。

 すべてを投げうって地の果てへ…北の大地アラスカまで女を追いかける男の至福の瞬間。それこそが、映画ファンとしての私の至福の瞬間でもある。例えそれが一瞬であったとしても美しい。

 主人公の男も私も、その一瞬こそを強く願っているのだから。

 

 

 

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