「理想の結婚」

  An Ideal Husband

 (2000/03/13)


看板娘の豊胸手術が生んだ波紋

 前にある飲み屋にちょっと通ってたことあるんですよ。そこは常連客ばっかの店。私も誰かの紹介で行くようになった。その店の子で華奢でかわいい女の子がいて、これがみんなお目当てだったんでしょうな。看板娘ってやつですよ。

 ところが一時、彼女がずっと休みをとっていた時期があった。みんながあの子辞めちゃったのかな…と思い始めたある日、彼女が店にひょっこり戻ってきたと思いねえ。

 「その間、何してたと思う?」といたずらっぽく笑う彼女。私はなぜか彼女から相談事の話なんかされていたから、また立ち入った話かと思った。すると彼女は「これよ、これ」と胸を私の目の前に突き出した。いやー、あの時は目のやり場に困りましたね。

 そこまでやられても勘のニブい私は何のことやら全くわからなかったが、彼女いわくは豊胸手術で休んでいたというのだ。えっ、ホント? そう言えば小柄でやせ形の彼女なのに、胸だけ夏ミカンぶら下げているみたい。これに気づかない俺もマジでニブいわな。

 かかった費用は片パイ50万円、両パイで100万円。ひゃ、100万? でも、上には上があるらしく、いちばん高いのでは両パイで160万ぐらいするらしい。しかし、何もそんなことしなくたって…。

 シリコン入れたのかと思って私がちょっと顔をしかめたのが彼女に察知されたらしく、「今はシリコン入れないのよ」と言う。シリコンは有害物質ということで今は認められず、その代わり生理食塩水を注入するらしい。み、水が入ってるの…?

 「そう。脇の下からね」と言いながら、彼女はブカブカのTシャツの脇の部分をまくって見せてくれる。確かに脇の下に、わずかながら傷跡があった。彼女が言うには従来のシリコンと生理食塩水とでは、やはり手触りが違うらしい。つまりウォーター・ベッドと同じだもんね。

 「どうお? 触ってみる?」

 これは迷った。どんなつもりで言ってるのか知らないけど、確かにちょっと好奇心がわいた。でも、結局やめた。何? 私がいい子ぶってるって? 違う違う。

 そりゃあかわいい女の子にそう言われれば悪い気はしない。俺も男だ。ちょっと触ろうかなとは思ったよ(笑)。でも、結局…それって、しょせん作り物だもんね。

 彼女に言わせれば胸が小さいことがずっとコンプレックスだったんだとか。でもなぁ…スリムなボディに夏ミカン2つ。何だかヘンなんだよ。彼女に悪いからそうは言わなかったけど、あんまりいいことだとは思えなかった。そして、そのせいじゃないんだけど、いつの間にかその店からも足が遠のいちゃったな。他のお客さんたちもそうだったみたい。

 何もさぁ、男はみんながみんなデカイ胸望んでるんじゃないよ。それが証拠に、彼女のファンってみんな華奢でスリムな子が好きで来てたんじゃないか? それが、夏にはアセモができそうなほどデカイ胸。

 ほかにも大きな目、長い髪、白い肌、大きなヒップ、キュッと締まった胴…男たちがそんなもの望んでると思ってんの? 別に完璧なボディなんて要求してないと思うよ。第一、そんなスーパーモデルみたいな女だったら気後れしてパスしそう。何も完璧なんて求めていない。第一そんなのイヤミなだけじゃない。どうして、彼女あんなことしたんだろ?

 と、思いながらふと別のことにも最近気づいたんだわな。愚かしくもケナゲに豊胸手術に100万も投じた彼女、でもいつも天然で愉快だったこの子に変わりないんだったら、何でそれだけで客足遠のいたりしたんだろ? 他は何も変わりはしないのに。仕方ないな…と苦笑しながら、男たちはどうして彼女を受け入れてやろうとせず、それだけのことで敬遠してしまったのか?

 オスカー・ワイルド没後100年記念と銘打たれた、彼のお芝居の映画化「理想の結婚」のテーマは、まさにここにあるのです。

 

4人の男女が直面する理想と現実

 時は19世紀末のロンドン社交界…って、飲み屋の看板娘の豊胸手術の話から一転。その落差のでかさに書いてる私も苦笑せざるを得ないけど(笑)、まぁとにかくみなさん豊かだったロンドン上流階級。まず理想家肌の政治家ジェレミー・ノーザムと、自らも社会活動に活発に参加するケイト・ブランシェットの夫婦は、社交界でも理想の夫婦としてバッチリ決まってる。本人どうしもベタ惚れで尊敬しあって言うことなし。…って、ちょっと言うことなさ過ぎる感じもあるんだけどね。

 このノーザム&ブランシェットの共通の友人が、この時代の貴族階級の男伊達を体現するようなルパート・エヴェレット。親父ジョン・ウッドは結婚しろとうるさいが、本人は独身生活を謳歌して野暮くさいことを何よりも嫌い、何事にもマジメでなくフザケた態度で接することを身上とする。ポリシーこそが全ての男。

 そんなエヴェレットを密かに好ましく思っているのが、ノーザムの妹ミニー・ドライヴァー。機知に富んでしおらしいところなど微塵もない彼女。エヴェレットも彼女との丁々発止の会話を、心の底では楽しんでる様子。…とまぁ、主となる登場人物はこの4人なんですよ。

 問題はこの4人の前にウィーン社交界の華とも称されるジュリアン・ムーアが現れたこと。確かに社交界の華かもしれないが、胡散臭さもかなりなものの彼女。ゴージャスと言われてはいるけどインチキ臭い叶姉妹みたいなものか。

 このムーア、政治家ノーザムに接近するや、とんでもない頼み事をする。議会で彼が反対しようとしている運河計画に多額の投資をしている彼女、実はノーザムが過去に犯した政治的スキャンダルをネタに、運河計画に賛成しろと脅迫してきたのである。やっぱりな、ジュリアン・ムーア。「ロスト・ワールド」で環境保護みたいなこと言ってたときから胡散臭い女だった。

 ノーザムは大いに悩む。政治生命の危機もさることながら、何せあまりにも理想家肌の女房ブランシェットがこれを知ったらどうなる。困り果てたノーザムは親友エヴェレットに相談する。いつもはチャランポランな様子のエヴェレットだが、さすがに今回は神妙な顔。自分からブランシェットにそれとなく伝えてみると言ってはみたものの、元々柄でもない役回りなので「何かあったら私に相談を」てなことを言うのが関の山。

 ところがムーアの嫌がらせはすでに始まってて、ブランシェットはその夫の過去を知ってしまう。ショックで夫の言い分にも耳を貸さず、家を叩き出してしまうブランシェット。う〜ん、潔癖性にも困ったもんですな。

 

オスカー・ワイルドはドリフだ!

 さぁ、ここからが面白い。ミニー・ドライヴァーと楽しくお出かけの約束をしていたエヴェレットの家に、またまた結婚しろと説教しにやってくる親父ジョン・ウッド。そこに友人ノーザムが困り果ててやってきたので、それぞれ別の部屋に通して話を聞くことにする。さらにその時、ブランシェットが相談しに行くとのメッセージが届いたので、執事に別の部屋に待たせるようにと言っておくと、そこにやってきた悪女ジュリアン・ムーアを運悪く間違えて家に入れてしまい、肝心のブランシェットを帰してしまう…と、まぁでかい屋敷だから可能なお話だが、同じ家のいくつもの部屋をフルに使ったいかにも元は舞台劇らしい見せ場。…というか、たぶんこの場面を舞台で見たら、ドリフの「全員集合」のコントみたいな面白さなんだろうな。

 結果はさんざんで、ノーザムと話をしていたエヴェレット、隣の部屋にブランシェットを待たせているつもりがムーアが登場。エヴェレットに裏切られたと勘違いしたノーザムは、怒って去っていってしまう。

 実はムーアとエヴェレットは、かつて婚約までいった仲だった。いまや叶…いや、とんでもないシタタカ悪女と化した彼女から、ノーザムのスキャンダルの証拠と引き替えに結婚を迫られるエヴェレット。やっとこドライヴァーの元に駆けつけると、すっぽかされて怒り心頭の彼女は他の男と婚約すると言い出すし、さすがに余裕でダンディズムこいてたエヴェレットもこれには困ってしまう。このへんのトホホ感がたまらなくおかしいんですよ。

 さて、議会でのノーザムの演説が迫ってくる。ノーザムは脅迫に屈してしまうのか。ブランシェットは夫と別れてしまうのか。ドライヴァーは別の男と婚約してしまうのか。そしてそして、エヴェレットはすべてをあきらめ、毒にまみれた悪女ムーアと結婚するはめになってしまうのか…。

 実は映画はこの後もまだ二転三転と、お楽しみがまだまだ続く。「エリザベス」で脚光を浴びたばかりのケイト・ブランシェット、地味ながら確実な演技のジェレミー・ノーザムもいいが、私が注目したいのがミニー・ドライヴァーとルパート・エヴェレットの2人。ミニー・ドライヴァーは顔はハッキリ言って将棋の駒みたいなブスだけど、その気取りのない快活さが魅力。先に公開されたディズニー・アニメ「ターザン」でもジェーン役の声の出演をしていたが、これが近年のディズニー・アニメでは珍しい三枚目役でうれしくなってしまった。そして何よりルパート・エヴェレット! ここでのダンディズムを体現したような男ぶりには、大向こうから思わず声がかかりそうなほど。お見事ですなぁ。

 何ともゴキゲンで生きいきした面白さ…と思ったら、監督のオリヴァー・パーカーって、あのアップトゥデートな面白さたっぷりのシェイクスピア映画、ローレンス・フィッシュバーン主演の「オセロ」撮った人なんだよね。さっきドリフの話出たから言うんじゃないけど、今回の映画も、もしこの人にアブラの乗り切った頃の「8時だヨ!全員集合」を撮らせたら…と思わせるような面白さ(笑)。そしたらルパート・エヴェレットがキメ台詞を吐く代わりに、荒井注がカメラに向かってダンディに言うんじゃない、「なんだバカヤロー!」って…(笑)。

 

あるがままを受け入れ、あるがままをさらす

 人間、ホントのところ自分のことをどれだけ他人にオープンにできるもんですかね。そして、どこまで清廉潔白であると言えるだろうか。万引したことある? 人に言えないエッチな体験は? 異性をだましたことある? そもそも人に嘘ついたことは? …ないわけないよね。

 元々、人間なんて完全な奴がいるわけない。でもねぇ。例えば…愛する彼女のとんでもないアラに気づいたとき許せるか許せないか…こりゃあ微妙な問題だね。でも、同時にそれは自分のことだって、相手にとっては同じことなんだよな。だまし通せるかって? 無理だよ、絶対。そして、間違いなくお互いとも相手にとって耐え難い何かを隠し持っているはず。それを仕方ないさとあきらめ許せるかどうかが、運命の分かれ道なんだろうね。でも、相手を受け入れるってのはたぶんそういうことなんだろう。おいしさいいとこ取りってのは、虫がよすぎるよね。

 今まで俺は相手のいいとこ悪いとこ、まるごと受け入れられるか自信なかったし、自分のアラも人にとって耐え難いんだろうと思って気後れしてたんだな。出来損ないの自分を人に押しつけたくなかった。でも、それはかなりええカッコしいな上に、てめえ勝手だったのかもしれないな。

 片や、自分の正直な気持ちも人に伝えるのがイヤだった。恥ずかしいということもあったが、何せ世の中どいつもこいつも見え透いたおいしい文句を、シラジラしく並べて恥じることがない様子を見るにつけ、同じに見られたくないとフサケたポーズをとるようになった。だけどそのため肝心かなめ、ここぞと言うときにも正直になれない困った習慣が身に付いてしまった。

 劇中、ルパート・エヴェレットの扮する文字通り独身貴族は、常にダンディズムを貫きおチャラケて、何よりヤボでマジメなことを嫌うが、それはかつてのジュリアン・ムーアとの恋の痛手がそうさせるのか。そんなことを続けているうち、いざ愛するミニー・ドライヴァーを口説こうとなると、あわてふためいてまるでシマらない。このくだりは彼の実はデリケートな本音の部分を見せていて、私にはとってもよくわかったんだよね。

 相手の不完全さをあるがままに受け入れ、自分の不完全さをあえてさらす…私が今までいちばん苦手としてきたことなんだけど、人間ここぞという時にはそれを潔くすべきなんだろうって、この歳にして観念しちゃうとこもあるよね。そして、そのヒントは劇中のミニー・ドライヴァーの台詞がいちばんうまく表現してる。

 「あなたの欠点が大好き。ひとつも手放さないで」

 飲み屋のお姉ちゃん、ペチャパイだっていいじゃないか。

 男たちよ、彼女のニセパイを黙って受け入れてやろうよ。

 

 

 

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