「ロッタちゃん はじめてのおつかい」

  Lotta Flyttar Hemifran (Lotta Leaves Home)

 (2000/03/13)


ロッタってそんなに偉いのか?

 スウェーデンから来た子供映画が馬鹿当たりしていると聞いて、さもありなんと思ったですよ。あの予告編よくできてるもん。

 私は子供の頃から岩波書店の出してる子供の本にはずいぶん親しんできたんだよね。この会社、少なくても子供の本だけは他の追随を許さない。岩波ホールは何となくムカつくんだけど(笑)。でも、ロッタちゃんの本は知らなかった。というより、なぜかケストナーとかC.S.ルイスとかはよく知ってたのに、ロッタちゃん本を書いたリンドグレーンってあんまり知らなかったんだ。「長くつ下のピッピ」とか有名なのに。

 だけど、あの「ロッタちゃん」大当たりにはヘソ曲がりの私としては「ホントかよ?」と異を唱えたくなった。みんなホメる一方でケナしちゃいけない雰囲気あるもんな。

 そこへ来て宣伝コピーがまたすごい。「しっかりした自分の意志と前向きの行動力」ときたね。何だかフェミニズム映画とか女向けのタバコ「ヴァージニア・スリム」の宣伝文句みたい。いいことずくめだけど、何だかこういう文句には逆らいたくなるんだよな、俺の血が(笑)。第一、「しっかりした自分の意志と前向きの行動力」って、みんなが持っていなけりゃならないの? みんながこうだったら、世の中収拾つかないと思うけど。それに、「しっかりした自分の意志と前向きの行動力」って何でもかんでもいいことなのか? オウムの麻原も、新潟の少女監禁変態男も、ある意味じゃこれ持ってたからあんな事になったんだよな(笑)。もう一つ加えれば、身近に本当に「しっかりした自分の意志と前向きの行動力」の持ち主がいたとしたらどうだい? まず、君はこいつほど「しっかり」もしてないし「前向き」でもないはず。普通の人間だったらみんなそうさ。だから、そいつは君にとってイヤミな存在でしかないと思うけどね。まして、それが5歳のガキ! もう、絶対俺だったら親の見ていないところで殴るね(笑)。

 …って、ここまで読んできたら、もう二度とここのサイトにくるのよそうと思っている善良な映画ファンのみなさんもいらっしゃるだろう。ご忠告します。ここで読むのやめたほうがいいです。そのほうがお互いのためだと思いますよ(笑)。

 たぶん、この映画バカにしてる映画サイトは、日本中でもここだけくらいだろうと思うけど、とにかく「福祉と環境保護の先進国スウェーデンだから作れたキッズ・ムービーの革命児」と銘打たれた「ロッタちゃん はじめてのおつかい」を子細に点検し直そうという趣向です。そうそう、スウェーデンって精神病患者の断種手術を強制的に行った「先進国」でもあったんだっけねぇ…(笑)。(俺もどこまでも性格悪いよね。)

 

じっくりと悪意を持って眺めてみると…

 と、思って張り切ってケナしてやろうと思ったんだけど、実はそんなに張り合いのあるお話じゃないんだよ。短編のお話3つをドッキングした映画なんだけど、最初のがロッタちゃんが家出するお話。お母さんがチクチクするセーターを着ろと言うのでムカついたロッタが、セーターをハサミでズタズタにしたあげく家出する。このガキ純真でないことこの上なしで、セーターをボロボロにしている最中も、犬が噛んだから切れたとか新潟県警だって言わないようなしょーもない言い訳並べてる。ヤなガキ。

 おまけに家出も隣の親切なおばさん頼みで、屋根裏を片づけさせたあげく食い物までせびる。どこが「前向き」なんだよ。

 それなのにロッタの両親も兄弟も、揃ってロッタにオベンチャラ使いにやってくるから始末におけない。ロッタは増長する一方。

 だけど、自分ちの夕飯はおいしそうだし、一人は寂しい。「帰ってきてやった」とばかりに恩着せがましく自宅に撤退するというオチだが、とにかくロッタは態度がでかい。

 次のお話はクリスマスの雪の日のお話。ロッタは早速「あたしは何でもできるんだ」と偉そうにエバる。こんなバカ相手にしてられないからお兄ちゃんとお姉ちゃんはさっさとスキーに行っちゃう。劇中、何かというとロッタは置き去りにされるが、やっぱりみんなに嫌われてるんじゃないか?

 お話はそのあと、ロッタが病気で寝てる隣のおばさんの手伝いをすると言ってさんざ迷惑をかけるエピソード(こんなことやらせるロッタのオフクロもオフクロだ)の後、トロいロッタの親父がクリスマス・ツリーを買い忘れるというお話になる。「何でもできる」ロッタは町中にツリーをセビりにゆくがどこにもない。…と、荷台いっぱいにツリーを乗せたトラックを発見するが、ロッタが頼んでも運ちゃんは売り物だからとにべもない。何でも思い通りになると思うなよこのくそガキが。世の中ナメちゃいけないと毅然とする運ちゃんが頼もしく見える。しかし、何と走り去るトラックの荷台からツリーが一本落っこちて、ロッタはまんまとこれをカッぱらう。運ちゃんに聞こえないとわかってるくせに「落ちましたよー」とシラジラしく言ってみたり、周りで見ていた大人に「これ拾っていい?」と聞いてみたり、まるっきり子供とも思えない完璧なアリバイ工作に身の毛もよだつ。自宅でツリーを自慢げに見せるロッタに、「何でもできる」ということを認めさせられ屈服させられた兄貴のプライドはズタズタ。

 お次のお話は復活祭。ご贔屓の菓子屋が閉店で、泣いて残り物の菓子をせびるロッタ。いつものように作戦勝ち。これが伏線で、またまた親父がバカの一つ覚えみたいに復活祭のお菓子を買い忘れたことから、早々にお話もネタばれしちゃいます。

 いや〜、さすがにここまで悪意たっぷりに書くと、さすがの俺でも気が引けちゃうよな(笑)。でもパンフレットや映画評に出てるような、スウェーデンの人は子育て上手だからグレるガキなんていないって論調を見ると、思いっきりオチョクリたくなるんだよね。キシリトールばっか使ってるから虫歯の奴がいないってのとは訳が違うんだぜ。だけどよ〜く考えてみると、俺にしても他のみんなにしても、この映画ってそんなにマトモに見るべき映画なのかね?

 

ガキのころから調子よく

 ただ、これだけは言える。終始一貫してロッタは「ごめん」と人に言わない。他人をナメている。これじゃあ俺もロッタを認められないな。例え子供でも大人でも肝心なところだよ。

 ただ、映画自体はそんなことを問題にするのもバカバカしいほど安っぽくペラペラな出来。そう考えてみると、いつも親父がアホで何か忘れるってシチュエーションも何とかならなかったのかって言いたいし、ママの格好もいつも童話から抜け出してきたみたいで、カマトト通り越して不気味。第一、ロッタの家や周りの町並みって書き割りみたいにわざとらしくて安っぽい。これが北欧の暮らしだって? いんや、そうであるはずないね。実はリンドグレーンのテーマパークみたいなのが出来て、そこの「ロッタ」ゾーンみたいなとこで撮影されたらしい。日光江戸村みたいなもんか。要するに、その程度の映画なのよこれは。ムキになってケナした俺がバカだった(涙)。

 それにしても、集団の中でいちばん下っ端のペーペーのくせに何だか態度がでかくて、何の根拠もないのにでかいこと言って、別に努力もせずに運の良さだけでスイスイ泳ぎ回ってるうちにサクセス…って奴、どこかの映画でもいなかったっけ? いやいや、「トップガン」のトム・クルーズの話してんじゃないよ(笑)。そう! 1960年代に東宝で続々つくられたクレージー・キャッツ映画、植木等が主演する「日本一の無責任男」的なテイストが充満してるじゃないの。

 そうか、それでわかったぞ。元々、日本のパンフに書いてあるみたいに、リアリスティックな子育てムービーつくる気なんかなかったんだ。パンフには教育関係者なんかが「ロッタに見習え」みたいなこと書いてるけど、これをそういう目で見たらバカだよ。

 この映画見るときのスタンスはこれだ。

♪ガキのころから調子よく〜、コツコツやる奴ぁご苦労さんっと。

 「北欧一の無責任娘」の一席、おあとがよろしいようで…(笑)。

 

 

 

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