「ワールド・イズ・ノット・イナフ」

  The World Is Not Enough

 (2000/02/14)


毎度毎度のプレッシャーはねのけながら

 もう今年の正月映画のだいたいの評価は、映画ファンの間でも定まってきたんじゃないかな。かくいう私もだいたいのところは見ることができた。

 私のイチオシは「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」で、これは予想通りマル。そして、それに対抗ということで、「ワンダーランド駅で」「ANA+OTTO(アナとオットー)」を挙げておいたんだけど、こっちの方はというと…「???」。いや、決して悪い映画じゃないよ。この2本をすごくいい映画と評している人もいるくらい。ただねぇ、正直言って「ワンダーランド駅で」は冒頭のボサノヴァ聞いただけで、俺が見たいと思ってたイメージの映画じゃないってわかった。それはそれで別の良さはあったけどね。「ANA+OTTO」の方は、オットーって頭悪すぎるとか、主役カップルの子役時代や青年時代の役者はいいんだけど肝心の大人になってからの役者が魅力ないとか、いろいろ言いたいことはあるけど、いいとこもいろいろあるんだから、これも結局のところ私が求めていた映画とは違ってしまったんじゃないかね。ラブ・ストーリーには過大な期待をかけるから、いつも肩すかしくらったような感じになってしまうんだね。

 ことほどさように先入観って難しいもんなんだ。まして38年間も続いてて、世界中に多くのファンを抱えるシリーズの最新作って言ったら、どんなにかプレッシャーがかかることだろう?

 とくれば、もうおわかりでしょう? ジェームズ・ボンド・シリーズ最新作「ワールド・イズ・ノット・イナフ」のお話です。

 

マイケル・エイプテッドの最新作として

 ボンドの話をする前に、今回この作品の監督を手がけるのが、シリーズとしては異色の人材であるマイケル・エイプテッドだということは、記憶の片隅に置いておいたほうがいい。

 マイケル・エイプテッド? そう、日本には「アガサ/愛の失踪事件」でお目見え。以来、「歌えロレッタ!愛のために」、「愛は霧のかなたに」、「ネル」、「Oh!ベルーシ絶対絶命」などなど、華やかさはないが堅実な仕事ぶりでキャリアを積んできた監督。そのバラエティに富んだ監督作品を一貫して流れるものは、人間へのデリケートなまなざしと、監督その人の人柄をうかがわせる誠実さ。

 だが一方、そのお人柄の良さが作品の印象を薄くさせるのか、この人、代表作というものを持たない。どれもいい感じなんだけど、人に強烈に印象づけさせる何かが足らない。エグさとでも言おうか、アクとでも言おうか、そんな何か。

 そんなエイプテッド作品を私は愛し続けたんだよね(本サイトの「My Favorite Directors」の欄を参照のこと)。だから、余計、先細っていきそうな彼に不安を感じた。

 ところが晴天のへきれきとはこのこと。事もあろうに、007シリーズの監督にエイプテッドが指名された。これ他の状況だったら絶対喜ばない。作家的な成熟のために何にもならないボンド・シリーズの監督起用なんて。

 だけど彼の場合、ここらでドカンとやっとかないと後がない。しかも、既存のシリーズの中で強烈さ、エグさを学ぶ良いチャンスではないか。

 ひとつここは前向きに考えよう。そう思ったら、エイプテッド・ファンとして度胸が据わった。今回のボンド映画、こりゃあ楽しみな一作じゃないの!

 

 

 

 

 

 

一応ネタばれしてますので、映画まだ見てない人はここまで!

 

 

 

 

 

 

チト説明がいる今回のボンド映画

 今回の作品も、ボンド映画恒例のオープニング・アクションで幕開け。これは「男はつらいよ」シリーズの寅さんの夢のシーンに相当する訳ですね。今回は、スペインのスイス銀行支店での大暴れから、ボンドのお膝元・ロンドンの英国諜報部MI-6本部に舞台が移っての二段構え。特にテムズ川を使ってのボート・チェイスは、バカバカしくも楽しい趣向でうれしくなる。

 お話をくどくど説明しても面倒くさいが、今回のボンド映画はチト説明がいる。冒頭のアクションで石油王が暗殺。この石油王の娘ソフィー・マルソーと、石油王が手がけていたプロジェクト=アゼルバイジャンで建設中の長大な石油パイプラインが狙われているというお話。従来なら、ただパイプラインを救え!で済んでいたお話なのだが、今回のボンド映画は少々趣向が違うのだ。

 実はこの石油王の娘マルソーは、まだ少女だった頃に誘拐犯に捕らえられていたことがあった。だが、父である石油王とMI-6は、犯人に屈しないという方針で身代金を払わなかった。結局、マルソーは自力で脱出したからいいものを…。ボンドの上司・Mはそんなアドバイスをした関係上、マルソーに負い目があるのだね。

 この時の犯人がロバート・カーライル。旧ソ連や北朝鮮やらと渡り歩いてきたテロの専門家。Mが放った刺客に頭部を撃たれ瀕死の重傷を負ったが奇跡のカムバック。しかし、全身の感覚を失い、痛みも何も感じられないカラダになってしまった。

 そして、今やこのカーライルが再び戦いを挑んでくる…という筋書き。何だか面倒くさいって? なあに、これだけ頭に入れれば後はどうなっても大丈夫。それほど複雑な話じゃない。

 早速アゼルバイジャンに飛んだボンドは、軽くスキー・アクションもこなしながら、いきなりマルソーをパクリ。ごっそ〜さん。早いね。チョロいもんだ。

 だけど、何となくカラダを開いた割には心を俺に開いてない感じがする…と、柄にもなくシブい顔のボンド。そんなこと気にするタマかよ! させてもらえばいーじゃん!

 ところがマルソーをガードするはずなのに、敵が彼女の警護係や側近を抱き込んでいることに気づいたボンドは、深追いしたあげくカザフスタンの旧ソ連の核兵器処理場まで長旅するはめになる。ホントどうやって帰るつもりなの?

 結局、敵のカーライルたちが核兵器1個まんまと盗み出すのを見逃すはめになるのだが、ここで知り合うのが核兵器の専門家の科学者デニース・リチャーズ。どう見ても助平そうで科学者になんか見えません。

 もっとも、学校の先生とかって実はすっごく助平なんだよな、ここだけの話だけど。もう10年以上前の冬の夜のこと。学校の先生になったという古い女友達に会ったら、何だかストレスたまってるらしくて悪酔いしちゃって。あげくいきなり「私はセックスなんて嫌いなんだから! セックスなんて心が惑わされるから大嫌い!」って、でかい声で店の中で騒がれて参った。「セックス、セックス」ってあんなに繰り返し大声出されちゃねぇ(笑)。誓って言うけど、それまでセックスに関する話なんて全くしてなかったよ。急にだよ。どうしてだろね? ホントにアブない感じだったね、あれは。

 その女とやっちゃっただろって? 勘弁してくれよ。それほど俺も趣味が悪くない。

 

男のアイデンティティがかかってる

 そのころマルソーは、あたしの警護係がいなくなったと、わざわざボスのMを呼びつける。あわてて駆けつけたボンドが危ないからと言っても、Mは過去の負い目があるから帰らない。ところが悪い予感的中。マルソーは実は敵側の女だったのだ。

 父親と英国諜報部に裏切られたと思った彼女。誘拐犯のリーダーのカーライルの女となって、リベンジのリターン・マッチと言うわけ。このへんやっぱり誘拐されてマインド・コントロールされたパトリシア・ハーストを連想させてちょっと興味深い。

 トルコのイスタンブール沿岸の小島にMを誘拐されるボンド。どうもロシア原潜の原子炉の中に盗んだ核兵器のプルトニウムをブッ込んで、沿岸を汚染させようという企みが進行中らしい。さぁ、どうするボンド!

 今回の最大のミソは、やっぱりカーライルとマルソーって、旬の大物俳優の起用だろうな。だって、カーライルって言ったら今大流行のUK映画の立役者みたいなところあるじゃない。それがいきなりボンド映画。でも、この人の持ち味はあくまで「男のショボい哀愁」だから、ボンド映画への起用が発表されても、まさか悪役とは思わなかったんだよね。また「フル・モンティ」みたいな失業者で、たまたまボンドと遭遇して事件に巻き込まれ、ボンドの手助けをするはめになる…みたいな、「ダイ・ハード3」のサミュエル・L・ジャクソンみたいな役どころだと思ったんだよね(笑)。

 それにソフィー・マルソーもビックリ。ハッキリ言ってボンド・ガール演じるような人じゃないじゃない。なぜだろ?

 それは、ある一場面を見たらわかった。イスタンブール沖の小島での、マルソーとカーライルの再会シーン。テロリストと、誘拐の人質になっているうちにそのテロリストの愛人になった女。しかしカーライルは感覚がすべてなくなってしまったという設定。だから当然ナニだってできない。マルソーがわざとらしく胸を隠しながら、ベッドにどで〜んと寝そべって「さぁどうぞ」って来られたって、どうすることもできない。男としてこれほどツラいことはない場面ですよ。この映画、カーライルの苦悩の描き込みが足らないなんて書いてある映画評多いけど、俺に言わせりゃこれ以上の苦悩はないですよ。経験者だからわかります(笑)!

 それに、二人が再会を喜び抱き合うシーンから何だかチグハグだもんね。片や英国の労働者階級上がりで失業者が似合いの男、片やフランスのキレイどころじゃあ、チグハグなわけ。俺も珍しくきれいな女を横に街を歩くようなことがあると、やっぱ自分が浮いてるって感じちゃうことあるもんね(涙)。その不似合いさ加減が、また悲しいのです(笑)。さすがロバート・カーライル。この哀愁を出したかったのか!

 ボンドもボンドで、自分のご自慢のイチモツで女の身も心も自分に向かせたつもりが、全然そうじゃなかったって知って愕然。つまり、今回のボンド映画は、男が自らのアイデンティティを失いかねない瞬間を描ききってるんだなー。

 

ブロスナン=ボンドの新しさって?

 正直言って、若い頃はボンド映画なんてかったるい映画だと思ってたんですよ。アブラギッシュなオッサンが、観光地みたいなとこ行って、女抱いてかったるいアクション演じるダサ〜い映画。だけど、それが誤りだって気づいたのは、やっぱりある程度大人になってからでしたね。もっさりしたかったるいとこが、ボンド映画のいいところ。最近のノンストップ・アクションみたいに、CGビシバシでナニが何でもスピーディーで無駄がなきゃいいって映画とは違う。アクションにも、わざわざタメというかヌキをつくる。ボンドが見栄を切る一瞬をつくる。これはもう伝統芸能の粋じゃないだろうか。

 だから若いファンが大したアクションじゃないとか、まぁ一応楽しめましたなんて映画評論家みたいなことをヌカしてると、ため息出ちゃうんだね。だって、これは違うんだもの。映画にはいろいろジャンルがある。アクション、ホラー、サスペンス。これはボンド映画ってジャンルなんだ。余裕を楽しむんだよ。

 でも、何でも単純バカアメリカンなグローバル・スタンダードに慣らされちゃった若い観客層の中で、ボンド映画も苦戦したと思うんだ。そこで打ち出されたのがピアース・ブロスナンの起用だね。

 俺も彼がボンドやるようになってから、このシリーズよくなってきたと思うんだ。21世紀を前にして、今更ショーン・コネリーでもないだろう? ブロスナンには不思議な軽さがあるんだよね。で、何だかオカシイ(笑)。

 「ゴールデンアイ」「トゥモロー・ネバー・ダイ」でも、ヤンキー気質丸出しのCIAの奴にダチ扱いされて「ジミー」なんて呼ばれている。コネリーじゃ考えられないだろ? でも、ブロスナンは平然と英国スパイ然としている、このズレっぷり。ボンド自身、自分はズレてるってわかってるんだよね。でも、苦笑しながら誇りは捨てないの。

 また、MI-6の中でも上司Mやマネペニーにコケにされっぱなし。「トゥモロー・ネバー・ダイ」のラストじゃ、Mとマネペニーは一緒に酒飲みに行っちゃってるくらい仲もいいみたいだから、ボンドなおさらやりにくそう。でも平然としてて、なおかつ実は彼女たちに可愛がられてる。「しょうがないわねぇ」なんて言われながら。これって大げさに言えば、女性たちの中で生き抜く現代の理想の男性像じゃあないかな(笑)?

 もうがんばらないんだよ、このボンドは。だって、今回の作品でも怪我してるんだよ。これ前代未聞じゃないの?

 こうしたボンド・ファミリーも、ブロスナン=ボンドになってから充実してきた。何て言ったってMを女にしたってとこがグッド・アイディアなところに、その役をジュディ・デンチに振るとはね! 彼女を最初に見たときは知らなかったんだけど、この人、英国の演劇界の重鎮の一人だってね。「恋におちたシェイクスピア」のエンディングの鮮やかさ見れば、なるほどの名女優ぶり。彼女がボンドの上司ってのがサイコー。ボンドとMの、仲いいんだか悪いんだかわかんないやりとりが、最近のボンド映画ではお楽しみの一つになってきてるんだなぁ。

 今回、新兵器をつくってたQに新しく助手としてRってのがついて、これをモンティ・マイソン出身の「ワンダとダイヤと優しい奴ら」で知られるジョン・クリースに演じさせたのも、かなり強力な補強だ。で、Qを演じてたデズモンド・リューウェリンがこれを最後に亡くなったというのも象徴的。

 そう言えば、それまで身内から昇格させたりしてきた監督の人選においても、それなりに実績ある外部の人間まで視野に入れ始めたのが、ブロスナン=ボンド一作目の「ゴールデンアイ」から。それが、今回のマイケル・エイプテッド起用につながる訳だけど、だからボンド映画も徐々に変わってるんですよ。

 そういう意味では今回、しっかり手応えはあったと思うよ。マイケル・エイプテッドはいい仕事をしたよ。シリーズに新風を吹き込むことはできたんじゃないかな? なに? 悪役の苦悩が表現し尽くしていない? 君、本気で言ってるの?

 君が今見たのはボンド映画だ。君はかわいそうな悪役を残酷に殺す、非道なボンドが見たいわけ?

 バカも休み休み言えよ。映画見るのにも上手下手ってあるんじゃないかと思うけど、最近、この見下手ってのが多すぎて困るよな。

 

 

 

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