「シックス・センス」

 The Sixth Sense

 (1999/11/07)


 まず、ご存じのことと思いますが、この映画は(どの映画もだけど)見る前に説明や紹介を読まないほうがいい映画です。そのものズバリのネタバレは極力しないつもりだけど、まだ見ていない人はここで引き返してください。

 ここから先は映画をすでに見た人、見ていないけど見るつもりのない人、そして見ていないけど別に構わない人…だけ、読むようにしてください。お願いいたします。

続きはずっと下です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、こんなにモノモノしくやらねばならないというのも、この映画には「秘密」がある…ということで、ウワサがウワサを呼んでいるから。そんなことを言ってること自体「秘密」じゃなくなってるんだけどね。でも、ここにそう書いてる私自身が、もう片棒担いでることになるわけ。

 で、実はここんとこ、いろんな映画ファン・サイトの掲示板で私の発言を目にした人なら、私がこの作品について、またその受け入れられ方について、どんな考えを持っているかご承知のはず。

 そう。巷ではこの「秘密」のウワサで大人気。どこもかしこも絶賛の嵐のこの作品、私はあんまり好意的には評価していなかったのだ。そして、これほどの大絶賛映画だから、当然のごとくのお叱りの反応が…。

 基本的にはここって、私が気に入った作品をとにかくベタほめするコーナーなんだけど、こんな話題作を無視する訳にはいかない。「マトリックス」の時に次いで、再び苦渋の思いをかみ殺しながら、私なりにこの作品について思うところを書き留めてみようと思います。だから、今回はいつもみたいに面白おかしくは書けないと思う。つまんないかもね。でもひょっとしたら、そこに新たな発見があるかも。

 

事前情報から考えると… 

 この映画と言えば、最初の情報はブルース・ウィリスが精神分析医で、幽霊が見える子供を治療するうちに怖い思いをする、しかも子供だけでなくウィリス自身が心の傷持ってて…みたいな感じだったはず(しかし、今こうして見てみると、意外にこの最初の情報がかなり正確だったことがわかる)。でもそれ聞いたら、あんまり期待できないんじゃないかという疑念が沸き上がった。

 だって、ウィリスの精神科医って言ったら、何たってあーた「薔薇の素顔」が頭に浮かぶでしょうが! この映画でウィリスの演じた精神科医なんて、「愛人・ラマン」の女の子ジェーン・マーチと素っ裸でプールの中でやりまくってる印象しかない。トホホ。あまりと言えばあまりに肉体派。そして、ウィリスと子供と言えば、「マーキュリー・ライジング」があるか。あれなら意外にいいかもね。

 開巻まもなく表彰されてゴキゲンのウィリスと嫁さんが出てくる。で、早々に「ハハーン、ここが心にキズ…のシーンだな」と見当がつく。比較的に情報入れないようにしてた私でもこれだ。先が思いやられるぜ。案の定、昔の患者がブリーフ一丁(何だか最近ブリーフ一丁ってのが映画で流行ってるのか?)で家に忍び込んでて、「なーにが表彰だ。俺はまだ治っちゃいねーよバカヤロー!」と銃ぶっ放して自分も死ぬ。ウィリスは腹撃たれた。どうなる? ダイ・ハード・マン!

 いきなり1年後。ウィリスが出てくる。助かったのか。でも、表情がクラい。そうそう、キズは心に受けたんだよね…。

 で、ハーレイ・ジョエル・オスメント少年が登場。これまたクラーい顔のこの少年が訳ありで、ウィリスが彼の治療に当たるという話になる。でも、なかなか彼が心を開いてくれないというのは、この手の話の定石。ウィリスだってまさか思わないやね、ユーレイ見ることができるなんてさ。少年のほうも、どうせ人に言ったって…とあきらめちゃってる。お母さんのことは愛してるけど、離婚後大変だったお母さんにこんなこと言っても、心労のタネ増やすだけだもんな。誰もわかってくれない…でも、これユーレイ見れる見れない関係なく、子供ならみんな一度は経験する感情かもしれないよ。少なくとも私はそうだった。

 子供なら、大人に言っても仕方ない、他のヤツに言ってもわかってもらえない…ってな秘密を誰でも一つは抱えてるはず。やがてそのあきらめの中で、普通のヤツは自分も鈍感になっていく。中にはそのままその感情を持ち続けるヤツもいるんだけど、それはまた別の話だ。

 

私の「シックス・センス」体験 

 「シックス・センス」それは日本語で言う「第六感」ってことになるんだろうけど、この子の場合、見たくもない死人が昼間っからゾロゾロ出て来るんだから始末が悪い。実際に私の知り合いなんか幽霊見れるヤツ何人もいてビックリしちゃうんだけど。

 今を去ること5年前の夏、私はデザイナーの人、カメラマンと一緒に、あるPR誌の取材で水戸に行った。取材は滞りなく終わり、駅ビルの中にある喫茶店でホッと一息、3人でコーヒーすすりながらダベっていたんです。そのときの話題は、先ほど取材していた相手がどのくらい稼ぐかという話題。そのうちカメラマンは電卓を取り出して叩き出した。

 ところが、いつの間にかデザイナーの人はプイと横を見て話に参加しなくなってた。あれ? こういう話って気に障るのかな? そして、カメラマンが電卓から顔を上げたとき!

 彼の顔に驚愕の表情が現れたので、こっちの方が驚いた。急に口も重くなったのを無理矢理聞き出してみると、とんでもない。私の横に黒い服を着た30歳ぐらいの女が立っていたと言うのだ。しかも、それがスーッと消えたと…。すると、横を向いていたデザイナーの人もポツリと言った。「それ、俺も見えたんだよね」

 私は半信半疑で、その女の風体はどうだったか問いつめた。女にゃ逃げられてばかりだから、美人だったら一度お目にかかりたいよ。ところがデザイナー氏、めっそうもないと一言。「あの目は普通じゃない。恐ろしい目だよ」

 ところが、それから間もなく、私の身に次から次へと災難が襲いかかった。一番恐ろしかったのは、茨城のある駅で電車に乗り込もうとしたときのこと。電車とホームの間がかなり開いているので気をつけようと思った矢先、誰かが私を突き飛ばしたため、電車とホームの間に落っこちてしまったのだ。すぐに助けられたからいいものの、私の左足のスネには、そのとき出来たキズが深々と今も残っている。ついでに言えば、ホームの私の回りには、誰もいなかったはずなのに…。

 私がお祓いをしてもらいに、あわてて神社にすっ飛んで行ったのは言うまでもない。実はここでも恐ろしい出来事があったのだが、それはまたこの次(笑)。…私の「シックス・センス」体験はこんなもの。自分じゃ見ることができないんだから、こっちのセンスはなさそうだ。

 え? じゃあ「セックス・センス」はどうだって? そっちはもっとないよ。あれば女がこんなに逃げてかないって!

 

ウィリス久しぶりのいい感じ 

 ウィリスが自分の心のキズについて少年にうち明けたとき、少年もまたウィリスに、初めて自分の秘密をうち明けた。そしてウィリスは、どうもそれが真実らしいと知る。でも、どうやったら直せるんだ。実は幽霊って何か言いたいこと、してほしことがあって出てくるんじゃないか。でも、それってどうやったらわかるんだ。

 それにウィリスには悩みがある。女房がまるっきり無視してくるのだ。あの出来事と歳月が、二人の間に大きな垣根をつくってしまったのか。

 やがて少年とウィリスは、病死した女の子の幽霊の言うことに従い、彼女の遺志を全うしてやることによって、成仏させてやることに成功する(ここのシーン、ホントに成仏させるという表現しか当てはまらない)。これが突破口になり、少年の苦痛も解消に向かっていく。

 特に、自分のそうした秘密を今まで母親にうち明けなかった少年が、彼女に祖母の霊が言っていることを話し、過去のわだかまりをなくしてやる場面は感動的だ。

 明るくなった少年に、もう自分の役目は終わったと別れを告げるウィリス。ここでの二人は、もはや大人と少年、医者と患者といった関係ではない。そこには明らかに男と男、対等の関係の友情がある。なるほどブルース・ウィリス起用の理由はここだったのか。最近パターン化してきたヒーローとしてのウィリス。それが陳腐化する前、「ダイ・ハード」一作目で見せた、黒人警官との携帯電話を通しての熱い心の通い合い。あのウィリスの役者としての最良の資質が、ここで欲しかったに違いない。ふーん。いい感じじゃない。

 で、あの「秘密」のシーンになる。

 

もう一度警告

未見の人はここで引き返してください。

続きはずっと下です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この私の文章読んだら、みんな「えっ? それだけ?」と驚くかもしれない。でも、ホントなんだ。簡単に語ってしまえばこれだけの話。そして、これ見よがしのケレン味ある盛り上げどころも、これと言ってないのだ。とてもひっそりした小ぢんまりした映画。だから、あんなにけたたましく「秘密」について言われるのは、ちょっと違和感ある。

 私は、この「騒ぎすぎ」の点について、「小品としてのこの作品の味を損なっている」と、いろいろな掲示板に意見を載せたのだが、それについての反論は大きく2つ

 1つは興行側に立った言い分で、ささやかで小さな映画だからその味を生かして派手に騒ぐな…とはナンセンスという意見だ。これは確かに興行側の言い分としては正しい。しかも、ブルース・ウィリス主演でハリウッドの映画としてつくる時点で、もうこれはささやかな小品とは言い難い作品となっていたわけで、私の言い分はある種ないものねだりをしていたのに等しい。しかし、「衝撃のラスト」を期待して来たお客さんの何人かが、この映画の「秘密」の意味が分からず怒っていたケースを目撃しており、純粋にファンとしての意見を言わせていただければ、やはり本来やってほしくない露出の仕方のように思える。

 それと、今回私は配給会社や宣伝マンに対して…というよりは、あの「秘密」を必要以上にあおり騒いだ映画ファンに対して若干の疑問を感じてしまうのだ。だいいち、確かにうまくやったなと感心はしたが、あれそんなに凄いもんかな?

 実はあの種のネタ、SFやホラーの短編小説にはザラにある趣向なのだ。だから、確かにうまくやったなと感心はすれど、そんなに画期的なものだと驚嘆はしない。実は映画だって、最近同じネタのラストがある。その作品の名を挙げるのはネタバラしになるから言えないけどね。あっと驚く有名監督の作品だ。でも、あれあんまり話題にならなかったな…。

 反論の2つめは、上記の延長というか逆というか、小品映画なのを勝手に大作仕立てに解釈したのは私じゃないのか…という言い分。これもねぇ、実は見る前からホラー大作じゃないってことはわかってたよ。それも事前情報として流布してたからね。私はそんなことではなくて、作品の格ということを言いたかった。

 先に言ったように、この映画きわめて薄味の映画だ。関西風うどんの汁もビックリ。ほとんどダシ汁状態(うまいけどね)。これ、例えば小ぢんまりと小ホールで公開されてたり、980円の中古ビデオでワゴンセールされてたり、テレビ東京で昼の1時から放映されたりしたのを見たのなら、私もこりゃ傑作と騒いだかもしれない。でも、このストーリーの起伏のなさ、盛り上がりのなさ、そしてもう一つおまけに言えば工夫のなさでは、別にホラー大作としてでなく、一般娯楽映画としても少々脆弱な内容と言わざるを得ないと思うよ。それを、ラストのたった一つの「秘密」のおかげで、凄く緻密にいろんな要素と仕掛けをつくったように見せかけているだけなんじゃないかな。話としては、ほんの数ページの短編小説の内容です。

 愛すべき感触の物語で、デリケートな味わいもある。まるで「雨月物語」みたいな幽霊の扱いなど従来のハリウッド映画にはないムードで興味深いとも思う。でも、大傑作と持ち上げるには少々お寒い内容ではないか。みんなの気に入られる要素を十分持ち合わせているだけに、余計一言言ってみたくなる。それは、あの大ヒット恋愛映画「ゴースト」を見たときに似ている。

 面白い映画になりそうな要素を集めたということと、面白い映画をつくったということは違うんだ。それがどうもゴッチャになってる気がするんですよねぇ…。

 

 

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