大穴狙い「第12回東京国際映画祭」

 Seeking for the Dark Horses in TIFF 1999

 (1999/11/07)


 今年も東京国際映画祭の季節がやってきた。私は第2回から参加して、京都でやったとき以外は毎年見に行っている。まして今年は映画サイトを自分で運営する初めての年でもあり、気合いも入ってる。

 と言っても、平日仕事を休んでというわけにいかないから、どうしても3本か4本ということになってしまう。そりゃ食う間も惜しんで見ればもっと本数はこなせるだろうけど、そんな思いして見たってどうせいい印象なんて残りっこない。本数の多さを自慢する映画ファンって多いし、絶対数はそりゃ多いに越したことはないが、メンコの数じゃないんだから多けりゃいいという訳でもあるまい。のんびりゆったり見たいのだ。

 それから特別招待作品とかはどうせ正月にやっちゃうんだし、ゲストスターの顔見たってねぇ。スターとのお食事券でも付いてれば別だけど、それじゃアラン・ドロンとのディナーが付いたパリ6日間の旅ツアーだっつーの(笑)。コンペティションはと言えば、これも日本公開が待たれる作品が多い。

 私はやはり映画祭なんだから、映画祭じゃないと見れない映画が見たい。となると、いきおいアジア映画を中心に珍しい国、珍しい映画作家の作品を集めたシネマ・プリズムなる企画がお手頃ということになる。劇場公開はおろかビデオもテレビ放映も望めないような作品ばかりで、これを逃したら一生見れないのばっかし。

 あと、付随する企画はどうかって? 東京国際ファンタスティック映画祭ねぇ。あそこ何だか敷居が高くてね。面白そうな作品も来るし熱狂的な観客はいいんだけど、何だか排他的な感じしちゃうんだよね。私あたりでもそうなんだから、一般のお客さんから見たら、何だか狂信的な新興宗教の集会みたいに感じちゃうんじゃないか。そんなお客来なくて結構って? それが排他的なんだって!

 国際女性映画週間ってのも、面白そうな映画やったときだけ行ってた時期もあったけど、最近はさっぱり。何だかフェミニストの集会に出たみたいで、いつつるし上げくうかとドキドキしちゃうんでね。

 シネマプリズム中心に、アメリカ、ヨーロッパの有名作品はずしでいく例年のラインナップ。いずれも大穴・万馬券狙いだ。当たる確立は低いが当たればデカイ。どうせバクチなら穴狙わなくちゃ。ま、でもあくまで人はそれぞれだからね。G1レースだけしか賭けない奴、本命しか買わない奴、いろいろいますよ。

 ところが今年は初日10月30日の土曜日に、コンペ作品の「ミッドナイト・アンド・ハーフ」を見るつもりがアクシデントで行けなくなってしまった。ガッカリ。出足から水をさされて、何だかいやーな予感がするなぁ。

 ともかく気を取り直して、映画祭に出動! これ読んで映画見るって訳にはなかなかいかない作品ばかりだが、こんな映画もあるんだということで、しばしおつき合いを!

 

「古鏡幽魂」古鏡幽魂 (Ghost in the Mirror) 

 10月31日(日)1:00PM シアター・コクーン

 1970年代に活躍した台湾のソン・ツンショウ監督回顧上映として今回出品される3本のうち、これは時代劇ホラーとあって興味がムクムク沸いてきた。おまけに香港・台湾映画界の大スター、ブリジット・リンが出演とあるではないか。彼女主演の中華チャンバラものは、なかなかイケてるんですよね。

 何でもこの監督、職人としてアイドル映画からメロドラマまで、どんなジャンルもソツなくこなしてきたらしく、だから今回も最低限のお楽しみは保証されたも同然。こりゃ私に言わせれば穴じゃないね。

 ところが、こんなおいしそうな映画が全然人並んでないんだわ。一方、正月まで待ちゃあ見れる映画のチケットが3日間で完売とかいう不条理そのものの状況は、いったい何だろね。まぁいいんだけどさ(笑)。

 ところが、その寂しい列に並びながら公式プログラムとやらをむさぼり読んでたら、何とこの映画、シー・チュンも主演ではないか!

 シー・チュン、彼こそが中華チャンバラ映画の巨匠キン・フー作品の主役スター。この2人の関係を一言で言えば、クロサワ&ミフネ、ベッソン&ジャン・レノ。そのシー・チュンが主役の時代劇ホラーとは、こりゃあやっぱ大穴かも…と期待がふくらむ。キン・フーとくれば東京国際映画祭というくらい、両者は私の中で分かちがたい印象があるから、感慨もひとしお。このへんの事情は特集「映画祭がやって来る」をご覧になれば、もうおわかりでしょう。

 お話は母親の病気全快祈願で写経を始めたいーとこのボンボン(シー・チュン)が、静かな家でじっくりやりたいと、いまや無人となった屋敷に居を構えるのだが、ここの井戸には妖しげな幽霊(ブリジット・リン)がいて…というお話。あとの展開は、なぜか「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」とクリソツなのだ。

 違うのは、どうもこの女幽霊が鏡の精霊のようなこと。…と、書いてて私自身この設定が何だかよくわかってないということに気づいた。とにかく、悪い化け物に捕まって、人を井戸に誘い込んで殺す片棒をかつがされていた女幽霊が、ボンボンに惚れて身の回りの世話をするようになる。あなたを井戸から見つめたら、恋の奴隷になりました。写経中もそばにおいてね、邪魔しないから。あなた好みのお化けになりたい(笑)…。何しろこの幽霊、後半からは昼間でもバンバン出てくるし、ニコニコしながら踊ってる(笑)。肝心のボンボンはっていうと、完全に口ポカーンと開けたまま、よだれたらし状態。このボンボン、本来なら主役だし、ヒーロー役者のシー・チュンがやってるんだから人格者じゃなければならないはずなんだけど、結構いいかげんで使用人の少年にも当たったりするあたり笑える。

 そのうち、さすがに息子の様子がおかしいと本家からおかんと使用人がやってきて、二人の仲もこれまでかと思われたが、女幽霊のけなげさにうたれたおかん、「でも、ウチは一人息子だから跡取りをつくらないといけないでしょう?」なんて、グッと前に乗り出してしょーもない話を幽霊に言い始める始末。そうですねぇとうなづく幽霊。もう、幽霊と人間がサシで話をするあたりは、場内大爆笑! 「じゃあ写経が終わるまで、息子の世話を頼むわ。そのほうが助かるし」お互い利害も一致したってことでひとつ…って、おいおい?

 何だかわからないがハッピーエンドなのかと思ったら、最後に悲しい別れがやってくる。横浜中華街の旧正月のお祭りで出てくる竜よりもショボい奴が襲ってきて、幽霊は身を挺してボンボンを助けるのであった。

 それにしても、中国の古いお化け民話は、みんなこのような悲恋仕立てのお話になっているのだろうか? 何だか同系列のお話がやたら多い気がする。これは、ひょっとしたら源流は一つなのかもしれない。

 確かにトホホの部分も少なくないが、伝奇ロマンのムードだけは十分堪能できる映画に仕上がっている。特に、まだ若かったブリジット・リンが可愛い! 今じゃちょっとキツそうな年上の姉御って感じだけど、この映画では可憐で清純。正直言ってちょっとやりすぎのきらいさえあるブリッ子ぶり。最初はちょっと、ぼったくりキャバクラみたいな感じもあるけどね。

 エンディングは主題歌が流れるはずだったらしいが、急に音声のボリュームしぼられて消えてしまった。何でも今回到着したプリントには、本来のとは違うサウンドトラックがついていたとか。現像所が勝手にやっちゃったとか言ってたが、そんなことできるんだろうか? 上映前と後に登場した監督のソン・ツンチョウ氏の風貌が、何だか縁日で焼きそば焼いてるオッチャンふうだったので、なおさら胡散臭かったね。だけど、このオッチャンが、なぜかキン・フーとは義兄弟の仲だったらしい。それどういう意味かは誰も訊かずにティーチインは終わってしまった。

 

「虹鱒」Rainbow Trout

 10月31日(日)7:20PM 渋谷ジョイシネマ

 最近、東京国際映画祭がよく使う映画館がここ渋谷ジョイシネマ。新しくてきれいなんだけど、何しろ小さくてちょい寂しいよねぇ。呼ばれたゲストもかわいそう。よっしゃ、ここはいっちょ景気づけじゃ! おっと、その前に映画も見なけりゃ(笑)。

 映画は、前にもこの映画祭に「永遠なる帝国」を出品してきたパク・チョンウォン監督の作品。この「永遠なる帝国」は昔の朝鮮の宮廷を舞台に、官僚の謎の毒殺事件からさまざまな陰謀が暗躍する時代劇サスペンスの傑作で、かなり面白かった記憶がある。今回ももちろん期待できそうだ。

 お話は大学時代の友人を訊ねて、5人の都会人がクルマ飛ばして山奥へやってくるところから始まる。5人の内訳は焼肉屋経営で儲けてる男とその妻という俗物を絵に描いたようなカップルと、銀行員夫婦に妻の妹という面子。この銀行員の妻が、ベネチア・モスクワ両映画祭で女優賞獲得の韓国トップ女優カン・スーヨン。山奥に引っ込んだという大学時代の友人はかつて演劇を志していたのに、なぜかドロップアウトしてこの山奥へ。そこで虹鱒の養殖場をつくり、いまだに一人で暮らしてる。しかも、実はかつて銀行員の妻カン・スーヨンと訳ありで、ドロップアウトの原因もそのへんにあるようなないような。

 最初、和気あいあいの再会となるが、早くも地元の住人とちょっとした諍いを起こす都会人チーム。そのうち予期せぬ事態が次から次へとドミノ倒しのように起きて、どんどんドツボにはまっていく。お話としては、どことなくジョン・ポイトやバート・レイノルズが主演したジョン・ブアマン監督の傑作サスペンス「脱出」を思わせる展開。一面的に見れば、都会人が田舎へ行って調子こいてドツボ映画(何だか「ブロークダウン・パレス」のときも似たようなこと言ったな。)の典型と言えるのだけど、とにかく怖いです。なにが怖いって、お化けが出たとか、猛獣が出たとか、腹わたが出たとかいうんじゃなくて、ただ普通のことが起きているのに、どんどん事態は悪い方向に暴走していくというあたり。実際、これが田舎の純朴な人に比べて都会人は悪いからやられて当然みたいなお話だったら、大して怖くないし、またか…とシラケただろう。ここでは、都会人も確かに度は超しているものの、このくらいだったらありえるという言動だし、田舎の人もそんなに善なる存在でもっぱら被害者ってわけでもない。無神経で歪んだ田舎の人VS傲慢で軽薄な都会人と、どっちもどっちなのだ。となると、これはそういう小さな話ではなく、もっと大きなスケール、つまり人類というものが先天的に争って自滅する習性を持っているのではないかという仮説のメタファーとして作られているように感じられる。都会人チームの中では比較的、俗物根性や偏見がなさそうに見える銀行員の妻の妹にしても、淡いあこがれから男を誘惑するようなかたちになり、結果的に悲劇の引き金を引くことになるのも象徴的だ。人間は誰も悪いことをしようと思ってするのではない。しているときでも悪いことだとは思っていない。なぜなら、人間は元々、悪を内在させている生き物だから。このへんの感じをリアルに表現していて、パク・チョンウォン監督のサスペンス演出は今回も冴える。

 でも、いちばん怖いのはすべてが終わった後。重苦しい沈黙に包まれたクルマの中で、また何もなかったように会話がはずんでいくというエンディングは、バカは死ななきゃ直らないというか、我々のことを鏡で見せられているようでゾッとした。

 映画の後のティーチインは、監督と2人の出演者(ファン・インソンとソル・ギョング)が登場。司会の女性がテキパキと段取り良く進めたので、気持ちいいテンポで展開した。東京国際映画祭はいつもこの司会役の奴が使えなくて興ざめなんだよね。今回、司会・進行役を務めたのはイーデス・ハンソン(古い!)みたいな外国人のオバチャンだけど、この人がなかなかいい。今年の映画祭最大の収穫はこのオバチャンだ! 名前何ていうんだろ?

 私も映画祭に参加して初めてティーチインで発言したけど、それは俳優さん2人に対する「撮影中でいちばんキツかったことは何?」という質問。我ながらトホホの質問だったけど、二人とも、「秋の設定だが、実際の撮影は冬で、虹鱒の養殖場の水に浸かっているのが辛かった」とうち明けてくれました。

 終わった後、監督ふんづかまえてサイン書かせるというミーハー丸出しの暴挙に出た私。これでいいのだ!

 

「“太陽”を売った少女」La Petite Vendeuse Soleil

 (The Little Girl Who Sold the Sun)

 11月3日(水)1:30PM 渋谷エルミタージュ

 このプログラムは、それぞれ1時間くらいの中・短編なので、2本で1セットというお得なんだか損なんだかわからない編成。上映館は渋谷エルミタージュと、さらに狭い映画館へ。だが、狭いとは言えアフリカとインドの名も知らぬ作家の作品に立ち見まで出るとは景気がいいじゃないか。

 セネガルの映画で、資本的にはスイス、フランスとの合作。足が不自由で松葉杖を使って歩く身障者の少女が、そのカラダの不自由さと貧しさにも関わらず、ひたすら前向きに生きる姿を描く。街はビンボ臭いながらも結構近代化されてて、それなりにいい暮らししてるヤツもいそう。彼女、男の子しかやらない新聞売りの仕事につくんだけど、全然ビビらない。この国では、「太陽」と「南」という新聞がしのぎを削っているらしく、とにかくはしっこいガキどもが、あっちこっちで新聞売りつけに走り回ってる。さしずめ「太陽」は朝日、「南」は読売ってとこか? ひょっとして「南」ってプロ野球チーム持ってないかい? なぁ、カネの力で工藤や佐々木まで持っていこうなんて、ちょっとタチが悪すぎやしないか? わがヒロインの売る新聞は「太陽」だ。

 街を歩く人たちに新聞売りつけるガキどものやかましさ、しつっこさをさんざん画面で見せているので、さっきの身障者の子で大丈夫か?と思わせるが、ヘーキ平気。まずは13部売ってみろと言われると「13は私のラッキーナンバー」とゴキゲンで街へ飛び出す。すると、幸先よく立派な紳士が「新聞全部買ってやる」と大金をくれた。いじめの大将みたいのが、俺のショバを荒らすなとか脅しにかかるけど、全然動じない。お巡りに難癖つけられても、堂々言い返す。一体どこからくるのか、訳のわからない自信に満ちているんだな、これが。

 そのうち、彼女をかばってくれるアンちゃんも現れる。彼は勉強中か、いつも本を読んでいるちょっとデンゼル・ワシントン似のナイスガイ。ただ、彼が売ってる新聞は「南」なんだなぁ。でも、二人で「ウチの新聞のほうがいい!」とか言い合いするのもまた楽しいんだ。おや、ひょっとしてこの二人…。いじめっ子軍団はいやがらせしてくるけど、彼女ひるまない。松葉杖を海に落っことされて、彼女泣くかと思えばニッコリ。我らがヒーロー、デンゼル君が海に飛び込んで、わざわざ取ってきてくれたんだもの。ウットリ。

 それでも最後には、いじめっ子軍団に松葉杖持って行かれて、今度こそこたえたろうと思ってたら、あのデンゼル君にだっこしてもらえた。うれしー! ホント、どこまでこの子、物事前向きにとらえるんだろ? 思わず唖然としてしまった。

 ところどころ不器用な映画だとは思うが、このヒロインのあまりに前向きな人間像は印象に残ります!

 

「マラナ・シムハサナム」 Marana Simhasanam (Throne of Death)

 11月3日(水)1:30PM 渋谷エルミタージュ

 これインドのド田舎の映画。主人公は小作人として細々と生計たててるオッチャン。妻一人子一人。老けてるんだか若いんだかわからない顔。ところが、つい出来心でこのオッサン、果物を盗んで捕まってしまう。面白いのは捕まえた連中でこのオッチャン取り囲み、みんなで輪をつくって「かごめかごめ」みたいに歌って踊ってること。最初何やってるんだ?とビックリした。そのうち警官がちゃんとやって来たけどさ。

 ところがズサンさでは警察も負けてない。なぜか関係ない罪までなすりつけられオッチャンは死刑に。嘆き悲しむ妻や子。地元の共産党も騒ぎ出す。助命嘆願の運動も起こる。ところが、アメリカ製の安楽死できる電気イスが導入されるとなったら、いつの間にかこれが、栄えある電気イス第一号に彼を選べという運動にすり替わっている(笑)。何じゃこりゃ?

 そして、男の電気イス死刑第一号が、村で最大のイベントとなる。男も名誉なことと大喜び。うまいもんも食わせてもらえるし、いい服も着れる。悪い気はしない。

 ここまで読むと、これ風刺コメディと思うでしょ? いや。どうも作り手はコメディではなくマジでつくっているフシがある。処刑の日は大臣が来たり大騒ぎ。オッチャンも電気イスに座ってお立ち台みたいな上に乗せられてるが、あたかも王座に座る王様のごとき偉そうな態度。回りじゃ女の子たちが踊っているし。「蒲田行進曲」で小夏が故郷に帰ると、鼓笛隊やら何やらが出てきてパレードになっちゃうシーンがあったけど、あんな感じ。

 ラスト、男は伝説の人となって銅像になっているんだけど、これがまた理解に苦しむ。オッチャンに扮した役者本人が、顔にスミみたいの塗って立ってる。銅像のふりしてるんだよ(笑)! 何だかクレージー・キャッツのコントみたいなことやってるのだ。だから、よく見るとフラフラしてる。それで何か笑いをとろうともしてない。単に銅像つくる金がなかったみたいだ。どうなってるの?

 あくまでカメラは固定ショットを基本にしたナチュラル演出だけに、その意図が図りかねるのです。

 

 

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