「ノッティングヒルの恋人」

 "Notting Hill"

 (1999/09/12)


人と関わるってことのデメリット

 人間新しく何かを始めるって凄くエネルギー要るよね。それって何がシンドいかって、新たなことがもたらす新しい人間関係がその理由じゃないかい?

 例えば、私はこのサイトを始めるとき、かなり躊躇したわけですよ。いろいろ面倒くさいに違いない。更新だってやらなきゃいけないし、ヒット数だってなきゃ寂しいし、始めたら続けなきゃいけない、投げ出したらダメ…だけど何より、そこで生じる新たな人間関係に怯えたところはあるわけです。

 実際始めてみると、新たな出会いがある。北は札幌、南は福岡まで。いや、果てはアメリカ・フロリダ州からも。オランダからは「俺はフランス系だけど、名字はFUMAだ」なんて訳わかんないメールが来る。まさに一期一会の貴重な出会いをしてるけど、いいことばかりじゃない。妙なブラックメールは来るし、映画ファンどうしのいざこざもある。中にはうまくいってると思ってる人同士にも諍いの一つぐらいある。

 考えればこの歳になると、新たな知り合いなんてできないから出会いは貴重なはずだけど、なぜ普通は積極的にそんな場面をつくらないかというと、正直おっくうなとこもあるよね。若いときと違って、人との関わりのデメリットも見えてくる。人とのつき合いはいつもいいことばかりじゃない。今つきあってる人間たちは、そんな煩わしさくぐり抜けてきちゃったからいい。でも、これからの新たな人間関係って…。

 こんな私でも(てめえのツラを棚に上げて)時に女性に心引かれることもありますが、まあフラれる侘びしさはこっちへ置いとくとして、まず引っかかるのはその点。今はいいんだよな、いいとこしか見えないから。でも、これがうまくいかなくなったら、どうだ? うまくいったとしても、いろいろ面倒なことが巻き起こってくるんじゃないか? そう思うと、つい「まあいいか」なんて尻込みしてしまう。

 そんな私たちが見ると、ちょっと身につまされるのがこの映画「ノッティングヒルの恋人」なんです。

 

最初はどう見てもアホな話 

 これ何人もの人に言ったんで、聞いた人は耳にタコだろうけど、まず「全米ラブストーリー映画史上 No. 1!」って宣伝コピーが最低だね。何だよ「全米ラブストーリー映画史」って? どういう歴史なんだ? 言ってみな、えっ? …って、年寄りはどこまでも意地悪です。でも、これで見る気なくした人は多いと思うな。それなら「マトリックス」の宣伝コピーのほうがいい。

 なぜ気づかない

 これですよ。この作品もこれでいきましょう(笑)。ワーナーの宣伝の人に怒られそう。「自分の目で確かめろ」…いけね。これも「マトリックス」の予告編のナレーションじゃないか(笑)。宣伝マンいい仕事してますねー。

 バカ言ってないでお話はっていうと、もうみんな知ってるでしょ。ヒュー・グラントがロンドンのノッティングヒルにショボい本屋構えてて、たまたまそこにハリウッドのセレブリティの映画スター、ジュリア・ロバーツがやってくる。ぶつかってジュースぶっかけちゃって、あわてて自宅で着替えさせて、フツーの人グラントはシドロモドロ。…でも、何だかロバーツは気に入ったみたい!?

 アホなこと書いてるって思うでしょ? でもこういう話なんだ、これが。このあたりから途中まで、ジュリア・ロバーツのスーパースターが何でグラントに興味を持ったのか、納得行く説明はゼロ。でも、お話はグラントのアチャラカ芝居で楽しませてくれるから、まぁいいかになる。ホテルに会いに来いと言われて喜ぶグラントが、記者の取材と間違われてサンザンな目に合うあたり、なかなか笑えます。それでも、なぜかデートへ! しまった、今夜は妹の誕生パーティーなんだ。じゃあ、私も行くわ。ええっ!?

 で、しがない庶民の誕生パーティーにセレブリティのお出まし。最初はビビる一同でしたが、いつしか団らんの中で、肩の凝らない間柄のみんなを見て心和ませるロバーツ。

 この妹や親友たちに限らず、本屋の店員やグラントの同居人など、グラントを取り巻く人々の描き方がとてもいいんですね。みんなおかしいけど、いい奴ばかりで。まるで「踊れトスカーナ!」での主人公を取り巻く人間関係が、もっと身近な都会に現実的に下りてきたみたいで。ロバーツが引かれるのもごもっともと思わせる。

 

人づきあいには不愉快なこともある

 翌日、デートの帰りにホテルの前まで来て、ロバーツに「部屋に来ない?」と言われるグラント。うーん! 女に誘われソデにしたら男じゃないぞグラント。

 しかし、部屋にはハリウッドスターの恋人が待っていた。これがいかにものスターのカメオ出演なんですね。…何だおまえは? ルームサービスか? 部屋のゴミを片づけさせられるグラント、ガックリ家路につく。ウェーン。こいつ俺みたいだぁ! 映画では、彼女の悪いとこもあますところなく描いている。絵空事なら、ここんとこも綺麗ごとで描けばいいじゃないかと思ったが、後々考えてみるとこういう描写が重要なんだとわかってくる。

 回りの友人たちは落ち込むグラントに玉石混合いろんな女性を照会するが、どうにもロバーツ忘れられない。そんなある日、売れなかった頃のヌード写真暴露されちゃってボロボロのロバーツが、すがるようにグラントの家にやってくるんだ、お立ち会い!

 で、なるようになる。

 大人はこれでわかってほしい。なるようになるんだ。…お坊ちゃんお嬢ちゃんは、もうちょっと大きくなってから来てね。おやっ?でも、もうカラダはとっくに大人だねぇ。

 ところがいい感じになってきたっていうのに、いつの間にかグラントの家の回りはパパラッチがハエのごとくたかってる。キレるロバーツは「スターと寝た本屋」で売り出す気かとか暴言吐きまくり。「アイズ・ワイド・シャット」でマリファナ吸って楽しんでたのに、急にニコール・キッドマンがキレて、トム・クルーズにからんできたときみたいなヤな感じ。二度と会わないと言って彼女が去った後、グラントはまた落ち込む。

 で、ずーっと落ち込んでるグラントに歳月が流れ…というシーン。グラントがノッティングヒルの街路を歩いているのをカメラが横移動で追う。その間、カットなしでどんどん季節が変わり天候も変わり、お腹が大きかった女性はいつしか赤ちゃんを抱いている。このあたりで、女に逃げられっぱなしのニブい私でもさすがに気がついた。これは、おとぎ話なんだ。あの、アホな出会いのシーンを見ろ。リアリティのかけらもない。でも、これはおとぎ話なんだから。

 

負う価値のあるリスクとは?

 そして、映画撮影のためロバーツが再びイギリスにやってきたことを知るグラントは、勇気をふるって会いに行く。ところが撮影現場のマイクがロバーツの声を拾ったのを、グラント聞いてしまうのだ。「あんな人何でもないわ。何しに来たのかしらね」

 翌日、グラントの店を訪ねたロバーツにも、当然シラーッとした気分しか持てない彼。あれは言葉のあやで…みたいな 神奈川県警みたいな答弁のロバーツが心底信じられるわけもない。でも、彼女はグラントに愛を告白しに来たのだ! …あのー、ここで女性のみなさんにぜひうかがいたいんですけどね。何で女って、男がその気にならないような見事なタイミングで口説きにくるんでしょうね? こっちだって、ハイそうですかとはいかないんだよ。

 グラント、彼女の言葉にウソはないとわかっていても、今までの経緯で正直ウンザリ。「君とはうまくいかないと思う」とロバーツの誘いを断った。そうだそうだ! ガツーンと言ってやれ、いいぞグラント。 …というわけで、ここまでの経緯を妹や友人夫婦、同居人らを一同に集めて説明する。「で、僕の言ったことは正しかったかな?」

 みんなそれぞれ、それでいいんだよ、どうせうまくいかないんだ、よかったじゃない…と口々に言う。だが、それまでおかしな言動で迷惑ばかりかけてたイカれ同居人が、きっぱりと言う。「彼女をフッた? おまえバカか?」

 なぜ気づかない

 そして、一同の中でも間が悪くて要領も悪い、女に好かれたこともないと嘆く気弱男が口を開くのだ。

「人に愛されるって、それだけで素晴らしいことじゃないか」

ああ、何てことだ! 俺、ウディ・アレンと同じ失敗しちまった…と思ったかどうかは知らないが、みんなの応援受けてグラントは彼女の記者会見場へとダッシュ! この同じ趣向の映画「ローマの休日」への明らかなオマージュである記者会見場のシーンの粋なやり取りについては、みなさんが劇場で実際にご覧ください。

 おとぎ話とは? それは甘ーい砂糖のような味でまぶした一種の例え話だ。では、例え話とは? 人生の真実を、少々突飛な例を挙げてわかりやすく伝えるものだ。では、この映画の真実って何だろう? それは、前述の気弱男の一言につきるだろう。

 誰かに愛されるって、それが例えセレブリティのハリウッドスターであっても、飲み屋のねーちゃんであっても、フツーのOLであっても、コギャルでも、それはそれで素晴らしい。変わりないんだね。そして、それはそれで、相手が誰であっても大変なことでもある。

 恋愛に限らず、人が人と共に生きていく、関わりを持っていくということはとてもリスキーなことだ。映画スターが相手じゃ確かに大変だが、それが誰であろうと一緒にやっていくというのは元々大変なことのはず。映画全編にわたって、ロバーツのイヤな部分も見せているのは、それが理由だ。すばらしさもイヤな部分も丸ごと受け止めることが、人と関わる、共に生きるってことなんだから。…ってことは、これ俺たちの問題でもあるんじゃないか?

 ラストは、その後二人がどうなったかを、これまたカメラの移動でゆっくり見せていく。結婚して、二人で暮らして、いつしか子供も生まれて…。まるでビートルズの「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」の歌詞みたいな情景が展開するエンディング。…リスクはリスクだけど、それは負ってみる価値のあるリスクだと思わないか? この映画はそう私たちに語りかけてくるのだ。

 

 

 

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