「恋におちたシェイクスピア」

 "Shakespeare in Love"

 (1999/06/20)


 「普通の人々」「炎のランナー」「ガンジー」「愛と追憶の日々」「レインマン」「ドライビング・ミス・デイジー」「ブレイブハート」…ここ20年ぐらいを考えてみても、アカデミー作品賞受賞作品って印象の薄い、言っちゃあ悪いけどどうでもいいような作品がとってると思いませんか? 「シンドラーのリスト」だってスピルバーグの最高傑作だなんて思えないしね。私がそれなりに感心したのは、「許されざる者」と「タイタニック」ぐらい。だから、アカデミー作品賞受賞!なんて宣伝されても、はっきり言って全く期待してない。今年のこの作品にしても、私あまり見たくなかったんです。

 見たくなかった理由はオスカー作品賞だけじゃない。やはりオスカーの主演女優賞とった何とかパルトロウてな女優が、カマトト演技が目に余って魅力感じられない。シェイクスピア役を演じるジョセフ・ファインズ、あのレイフ・ファインズの弟らしいんだけど、何だか貧相なツラで兄貴よりだいぶ落ちる感じ。「シャイン」のジェフリー・ラッシュも、あれ以降「レ・ミゼラブル」と「エリザベス」(これがまた、本作「恋におちたシェイクスピア」とかなりキャストがダブる。人がいないのかね?)とコスチューム・プレイが続いてワン・パターン。何より、シェイクスピアが実人生での恋愛を反映させて「ロミオとジュリエット」をつくりあげる…ってお話。面白いな、いいところに目をつけたなと一瞬思えるけど、そのアイディア聞いて「ほほー」って感心して、それでおしまいみたいなお話でしょう? 何だか雑誌やテレビで紹介されるストーリーの「いいアイディアだな」以上のものが、そこにあるように思えないのが致命的なんですね。

 さて、そんなマイナス・イメージばかりで臨んだスクリーン、果たしてその結果は…というと、もうみなさんにはわかってると思いますが、

これが意外にいいんですよ。

 では、さっきのマイナス・イメージのどこがどうよかったのか。これを一つづつ検証してみましょう。

 

●マイナス・イメージその1:グウィネス・某に魅力なし

 お金持ちのお嬢で、親が決めた婚約者がいるものの政略結婚なので相手にまるで魅力を感じていない。芸術や演劇に興味があって、新作の上演に関わっていくうちシェイクスピアに引かれていく…こんなヒロインを売れっ子のグウィネス・パルトロウが演じます。

 「その清純な美しさとともに、愛のためにはシェイクスピアとベッドに飛び込む大胆さが、現代女性の共感を呼ぶことでしょう」…てな売りになるんだろうけど、ケッ! 正直言って最初「セブン」でブラピのおまけでついてきた時には気にならなかったけど、その後カマトト演技を連発し始めるとどうにも鼻につきだして。「ダイアルM」なんか旦那のマイケル・ダグラスが一生懸命事業を立て直そうとしてるのに、このパルトロウ、しおらしい顔してしっかり二枚目男をつまみ食い。ダグラスがパルトロウを殺すのに失敗したのが気の毒で仕方なかった。ダグラス、おめえは甘えんだよ。

 今回の映画では婚約者として、お金はないけど名誉だけはある没落貴族(コリン・ファース)が出てきて、さんざバカにされます。こんな愚劣な男より芸術や演劇のほうが…みたいなことをパルトロウ言いたげなんですが、何だか頭の悪い女優が芸もないくせに「芸術的必然性があれば脱ぎます」なんて偉そうに言ってるみたいな感じでイヤ。考えてみればこの貴族、彼女には何も悪いことしてないんだから(結婚決めたのは彼女の親だし)、ちょっとかわいそうなんじゃないの? やっぱりパルトロウ、ヤな女です。

 でも誤算だったのは、彼女が役者を経験したいと(当時、女を役者にするのは御法度だったので)、男装してシェイクスピアの前に現れること。髪をショートにして男の服装をし、うっすら付けヒゲをつけた姿が…魅力的なんですよ。これはホントに驚いた! だから、女の格好をしてる時も好ましく見えてくるから不思議。オスカー授賞は男装の所以であると断言していいのではないでしょうか?

 

●マイナス・イメージその2:ジョセフ・ファインズの貧乏ヅラ

 肝心のシェイクスピア役のジョセフ・ファインズのツラが、最初見たときから気にくわないんですよね。何だか貧乏くさくて、卑しい感じで(…てめえのツラはどうなんだ、という話は抜きにしていただきたいんですが)。でも、これは若き日の、若気の至りの未熟なシェイクスピア。後世に文豪として伝えられる人と同じではないんです。それでは、見る側を構えさせてしまうんで、できるだけ小物で大したことない奴に見える人物にしたんでしょう。そうなると、たまたま飛び込んできたお嬢とヤリたくってヤリたくってしょうがないって性欲丸出し顔もピッタリ! 今時のナンパあんちゃんもグッと共感すること請け合いのキャラクターになってます。

 

●マイナス・イメージその3:ジェフリー・ラッシュのワン・パターン

 まぁ、全部コスチューム・プレイとはいえ、「レ・ミゼラブル」の敵役に対し、今回のコミカルな役は全くの別物。いっしょにするのはいささか乱暴と言うものでした。

 

●マイナス・イメージその4:見る前の印象以上のものがあるか?

 近年のヒット作はすべてメディアの洗礼を浴びるのが宿命ですから、見る前の最初の印象以上のものがないような作品は、やっぱりちょっとツラいと言わざるを得ないでしょう。「メン・イン・ブラック」なんて予告編見たら面白そうだったけど、実際は本編には予告編以上のものが何もないような映画でした。逆に、「タイタニック」なんかは誰でも知ってる有名な海難事故の話を、貧富の差・身分違いに阻まれた恋の話に託して語る…それこそ見る前から想像つきそうな作品。しかし、とにかくでっかさを強調したセットとCGを多用し、3時間半という長い上映時間でゆうゆうと丹念に描ききることで、タイタニック号の航海と悲劇を実感させてしまうという直球ストレート勝負に出た訳ですね。やはり、そこに何らかの驚きがなければ、見る人は失望してしまう。一見「いかにも」の題材は、そういった意味で素材そのものに自信がないと難しいですね。

 先ほども言ったとおり、シェイクスピアが自らの恋を反映させて「ロミオとジュリエット」を創り出すという話は、面白そうと思いながらも、それだけで終わってしまいそうな題材と言えます。それをどうやって乗り切ったかと言えば…この映画を見るであろう映画ファン、そしてシェイクスピアに関心のある人々が本来持っている心理に訴えたわけです。創造の喜び、演劇の喜び、ショー・ビジネスの喜びに!

 新作「ロミオ…」に取りかかっているシェイクスピアは、創作が行き詰まって頭を抱えながら恋に落ちて、もはや現実と作品が渾然一体の状況になります。演劇好きのお嬢も、役者として「ロミオ…」に関わり、シェイクスピアとつき合っていくうちに、演劇の持つ魔力(だけでなく、ショー・ビジネスの魅力と言えますね)により深く捉えられていきます。それだけではない! 興行師から情け容赦なく金をむしり取るはずだった高利貸しが、新作戯曲が目の当たりで出来上がっていく様子を見ていくうちに、金なんてどうでもよくなってのめり込んでいく…トム・ウィルキンソン扮するこの高利貸しは、本作全編を通して最も感動的な人物と言えるでしょう。これはまさに、スクリーンで奇跡が起こるのを固唾を飲んで見守る映画ファンの心境にほかなりません。あのシェイクスピアの恋敵、デリカシー皆無の貴族ですら、自分の嫁さんとられて怒鳴り込むつもりで劇場へ飛び込み、嫁さん演じる「ロミオ…」の初演を目撃してしまって衝撃に言葉を失ってしまう。

 主要登場人物のほとんどが、演劇の、ショー・ビジネスの、創造のマジックに畏敬の念を抱くことになるという展開。これこそが、見る前の印象では予測できなかった結果なのです。これって…またまたこの作品をひきあいに出してしまいますが、映画製作の現場を描いてファンの心をくすぐった映画賛歌とでも言うべき作品、フランソワ・トリュフォーの「アメリカの夜」と同じテーマではないですか! シェイクスピアがお嬢と自分が言った言葉を作品にそのまま使うあたりなんぞ、「アメリカの夜」でジャクリーン・ビセット扮するハリウッド女優の言葉をそのまま台詞に放り込んでいくシーンを想起させる。なるほど映画人としてショー・ビジネスで働く人々が投票する、アメリカのアカデミー賞で高く評価される訳だ。彼らはみな、ここに出てくるシェイクスピア以下のキャラクターたちに、「あれはオレだ。俺たちの仕事を描いた作品だ」と強いシンパシーを持ったのに違いありません。そして、それはもちろん、映画ファンである我々の気持ちでもあるわけです。

 

●プラス・アルファ:ジュディ・デンチとベン・アフレック

 この映画の終盤をビシッと締めるのは、エリザベス1世役で登場の英国演劇界の重鎮ジュディ・デンチ。ピアース・ブロスナンになってからのジェームズ・ボンド・シリーズで、ボンドの上司M役を演じている人です。この2人の食えない関係が、結構最近のボンド・シリーズでの私のお楽しみ。「至上の恋」でヴィクトリア女王を演じた後の今回の役、ほとんど水戸のご隠居って感じで物語全体を一挙にまとめる「おいしい」役。これをさすがの貫禄で演られては、オスカー助演女優賞に文句はありません。また、「グッド・ウィル・ハンティング」「アルマゲドン」とハリウッドの若手ホープとしてのしてきたベン・アフレックが、当時のピッカピカのスター役者役で登場してイメージぴったり! しかも、スターなのに脇役をふられて、それでも作品の良さにノックアウトされて、シェイクスピアにおとなしく従う「いい奴」! 昨年のオスカー授賞式でマット・デイモンと脚本賞とったときの、彼の「いい奴」ぶりが思い出されますよね。

 

…というわけで、エリザベス女王の大岡裁きで一件落着。「チョーン」と拍子木が鳴りそうな幕切れとなるんですが、この一連の騒動がシェイクスピアに「十二夜」を書かせる原動力となった…という鮮やかなラストには「やられた!」という感じ。オスカー作品賞、侮っちゃあいけませんでした。期待しないで劇場へ行ってみてください。お代は見てのお帰り。でも、損はござんせん。

 

 

 to : Review 1999

 

 to : Classics Index

  

 to : HOME